(小ネタ)こころばかりの

【時期→なきたい夜番外編2の後】

 休日の朝、スマホのバイブ音で目が覚める。もう大分外が明るいようで、カーテンの隙間から入ってくる光が眩しい。
 時間の確認がてら、伊月は枕元のスマホを取る。午前九時三十五分。メッセージが一件という通知、送信元の表示は「堂島夏穂」。
「……あ」
 さっそくチェックする。
『おにーちゃん、なんてゆってた?』
 既読無視などあり得ないので、すぐに返信。
『まだ話してない。昨日はバイトで帰り遅くて時間なかったんだ。今日言う。』
『がんばれー。きっとよろこんでくれるよ!』
 夏穂からもすぐ返ってきた。本当に良い子だとほっこりさせられる。
 高校生の自分が聞いたら驚くだろうな。まさか推しアイドルグループのメンバーとメッセージを送り合う関係になるとは。
 だが、こういうときにミーハー心を出してはならない。夏穂は伊月を「兄の彼氏」として扱ってくれているので、個人的なやり取りをするときは「彼氏の妹」として接するよう心掛けねばならない。バニバニファンになっていいのは、アイドルのお仕事をしている彼女を見るときだけだ。それが品格あるファンというもの。
 ただ、ファン歴が長いだけに、彼氏の妹という距離にはなかなか慣れるものではない。メッセージのやり取りはまだいいが、直接顔を合わせるのは未だにひどく緊張する。昨日だって急に大学にやって来るものだから、動揺を表に出さないようにするのが大変だった。
 学内のベンチで一人レポートの仕上げをしていたときのことだ。いきなり現れた夏穂は、親しげな様子で隣に座ってきた。番になったお祝いを直接言いたくて、近くに来たついでに寄ってくれたのだという。
 伊月のつけたカラーを興味津々の様子で見入っていた夏穂に、こんなことを言われた。
「これ、有名ブランドの刻印が入ってるよ。多分すっごく高いと思う! お兄ちゃん、奮発したねえ」
 高いのか。お返し、どうしよう。貰ってからずっと気になってはいたのだが、何を買えばいいかわからなくて、まだ用意できていなかった。
 ちょうどいい。この機会に思い切って相談してみよう。会話に慣れる練習にもなる。話題があるといつもよりスムーズに喋ることができ、話し合いの結果、お返しの候補を一つに絞ることができた。今日はそれを陽介に伝えて、一緒に買いに行こうと誘ってみるつもりだ。
 陽介はまだ隣ですやすや眠っている。作りの良さが寝顔だと際立つように思う。胸の前に置かれた手だって——、緩く丸まった長い指。爪の形も綺麗だ。
 触ったら起きるかな。起きてもいいか。もうこんな時間だし。
 彼の左手を取って自分の手を重ね、大きさ比べをしてみたり、一本一本指を握ったり、頬を寄せたり。好きに弄っているうち——。
 ——舐めたい……。
 なんで手を触っているだけなのにむらむらしてくるんだろう。
「……なにしてるの?」
 彼の目が薄く開く。
「ああ、うん、なんか指ってエロいなって」
「は……?」
「気持ちいいこといっぱいしてくれる手だからかなあ」
 指先に唇を押し当て、少しだけ舐めてみる。
「え、朝から誘われてる……?」
「そういうつもりはなかったんだけど、もしかしたらそうかも? そうじゃないかも」
「どっちなの」
「いいよ。眠かったら寝てて。手だけ触ってていい?」
「気になって寝らんない」
「もう起きる? ならいい? 舐めたい」
「別にいいけど……」
「やったー」
 ぱくりと咥え、指の形を確かめるようにぺろぺろ舐めたり、ちゅぱちゅぱ吸ったり、遠慮なく堪能させていただく。特に抵抗はされない。
「あー、なんかやばい」
「ん?」
「結構下半身に来るね、これ」
「他のとこも舐める?」
「なんで今日は朝からそんなにぐいぐい来るの」
「陽介の手がエロいから」
「だからなにそれ」
「手の大きさ比べしたり触ったりしてるうちに、こうむらむらと。結構大きいよなー」
「そうかな。あんまり変わんないんじゃない」
「変わるよ」
 先ほどしていたように、左手同士を重ね合わせる。
「ほら、な、中指なんか一センチ弱違う。指の太さも違うよな。ちゃんとサイズ測ってもらわないと」
「わざわざ測るの?」
「んー、指輪買いたいから。俺は全然詳しくないけど、サイズ選びって大事なんだってなー」
「指輪……。僕のってこと?」
「うん。カラーのお礼、したくて。何がいいか夏穂ちゃんに相談した結果、指輪ってことになったんだ。番になった記念としても相応しいだろ」
「……」
「やだ? 別に他のやつでもいいぞ。予算に限りはあるけど、言ってくれれば検討する」
「嫌じゃない。全然嫌じゃない! むしろむちゃくちゃ嬉しくて感動して、ちょっと震えがきてる。引っかかったのは夏穂に相談したって点で」
「大学で会ったんだよ。近くまで来たから寄ってくれたんだってさ」
「あいつはもう何を勝手に……。いや、今はいい。それは後でも。指輪……、指輪くれるの?」
「あげたいなって。一緒に選びに行こうよ」
「そう、うん、そうだね。行こう。今日行こう。今から行こう」
 彼はがばっと起き上がる。
「え、もうちょっとだらだらしてようよ」
「だって選ぶのに時間かかるかもしれないし」
「じゃあ別の日にまた出直せばいいじゃん。俺はさ、今もっと舐めてたい気分なんだよなー」
「……ちょっとエロく成長しすぎじゃない? 先に卒業するの、ほんと心配」
「番にまでなっといて心配も何もないだろ」
 彼の頭に手を伸ばして引き寄せ、軽く口づける。
「カラーだってつけてるし……。あんたにも俺のあげたやつつけてほしいなって」
「つける、つける、つけるよ! めっちゃ目立つやつつける!」
「目立つやつ、会社につけていける?」
「それは無理かも……。でも、シンプルなやつでも、番から貰った指輪を付けてるっていう事実が重要だから!」
「昼ご飯食べてから行こ。それまでちょっとだけ付き合って。ね?」
「もちろん、喜んで」
 休日朝の贅沢な時間が過ぎていく。

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