(小ネタ2)たのしいクリスマス

【時期→かえでシロップ本編(3)と(4)の間】

 もうすぐクリスマス。浮かれる世間に影響されたのか、藤谷も浮かれていた。キャンパス内で捕まった楓は学食に連れて行かれ、彼の話を聞かされていた。五百円の定食の奢りが無ければ、とっとと帰っていたところだ。
「先輩はクリスマスどうするんですか? やっぱり高級ホテルのレストランを予約してディナーとかですか? プレゼントは赤い薔薇の花束で!」
「別に普段通りだよ。ちょっとケーキ食べるくらい」
「なんでですか? クリスマスですよ? もっとこう、ロマンチックなことしたいじゃないですか。手を繋いで、『寒いね』って言いながら肩を寄せ合って、綺麗なイルミネーションを見るとか」
「人でごちゃごちゃしてるとこに行きたくねえし、寒い屋外に長くいたくない。なんか発想が童貞臭いんだよ、お前」
「えー。だって童貞ですもん。仕方ないじゃないですか。先輩はなんでそんなにドライなんですか?」
「俺はあったかい部屋でごろごろしてんのが一番好きなの。姉ちゃんもそうだと思うぞ」
「そうなんですか。じゃあ、おうちデートか……。ハードル高いなあ」
「ん? おうちデート云々の前に、デート自体の約束はしてあるのか?」
「いいえ。これから誘います。ただ、どうやって誘っていいかわかんなくて……」
「もうさすがに予定埋まってんじゃね」
「そんなわけないじゃないですか。桜さんは俺の運命の人だから、きっと待ってくれてます!」
「すごい自信だな」
「何とかいい雰囲気にしてキスぐらいしたいんですけど、どうすればいいですかね?」
「俺に聞くなよ。自分で何とかしろ」
「経験豊富な先輩だったら、何か知恵を授けてくれるんじゃないかと思って」
「豊富じゃねえわ。噂を鵜呑みにするんじゃねえよ」
「えー。男女併せて三桁の噂はデマ?」
「デマに決まってんだろ。一桁だよ」
「またまたー。モテモテなんでしょ。先輩の周りにはいつもアルファがいるって有名ですよ。一桁のわけないでしょ」
「……お前たいがい失礼なやつだな。確かにアルファ男はうじゃうじゃ寄ってくるけど、俺は基本的にアルファが大嫌いなんだよ。平気でセクハラしてくるし、偉そうで自分が一番かっこいいと思ってるやつらがほとんどだから。そんなのと絶対付き合いたくない。じゃあアルファ以外と付き合えばって、思うよな。俺も思った。でも、他のは俺の性別でドン引きして寄ってこないんだよ。恋人なんて出来るわけねえじゃん。俺だってずっと、性別なんて気にしない可愛い女の子と付き合いたかったんだよ!」
「先輩……? 俺、地雷踏んじゃった? でも、伊崎さん、アルファなんじゃ」
「あいつはいいの。特別なの。他のやつらとは全然違うから」
「どんなところが?」
「どんなって、俺の気持ちが追いつくまで待っててくれたし、俺のことお姫様みたいに大事にして何でもやってくれるし、ぼやっとしてるように見えていい男で」
「あ、はい……。ごめんなさい。先輩が伊崎さん大好きなのはよくわかりました」
「そういうこと言いたいんじゃねえよ、阿呆!」
 惚気るつもりなんてなかったのに、調子が狂う。キスがデートがとうるさい藤谷を適当に喋らせ、楓は時々相槌を打ちながら、今晩のテレビ番組の予約はどれにするか考えていた。
 
 
 翌日昼休み。亨は桜とオフィス街の一角にあるレストランにいた。最近、時々誘われることがあり、一緒にランチを取る。
「あんたたちはクリスマスどうするの?」
「さあ、たぶんいつも通りだと思いますけど。ちょっとクリスマスっぽいもの食べて、テレビ見てごろごろ?」
「デートしないの? まあ、あの子、人混み嫌いだからねえ」
「そうなんですよね。俺は出かけてもいいんですけど。桜さんはどうするんですか?」
「それがねえ。デートの約束してた男が既婚者だったってわかってね、昨日」
「それはそれは……」
「まだ付き合う前だったし、いいんだけどね。他にもお誘いあるし」
「藤谷ですか? 昨日楓が相談受けたって言ってましたよ」
「ああ、藤谷もだけど、他にも複数あるわ」
「さすが桜さん」
「毎年のことよ」
「藤谷はもう落選しました?」
「まだ選考してないわ。あの子にはね、ちょっと困ってるの。きっぱり断っても全然諦めないんだもの」
「デート一回くらいはいいんじゃないですか」
「一回デートしただけで付き合ってることになりそうだから怖いわ。でもまあ、一回くらいならいいかなあ」
「喜びますよ、絶対」
「デートぐらいで喜ぶなんて可愛いわよね。男は大抵デートの後のことしか考えてないのよ。デートも前戯のうち、みたいな?」
「それしかってわけじゃないと思いますけど、後のこと全く考えないと言ったら嘘になりますよね」
「あんたも正直ね。まあ、藤谷のことは考えとくわ」
 是非行ってやってくれ、と思う。藤谷の恋路を応援しているからではなく、亨自身のささやかな望みが叶えられるかもしれないから。
 
 
 クリスマスイブの日。楓は亨宅で、サンタの砂糖菓子の乗ったケーキを食べながらテレビを流し見していた。これはまさしく予想通り。ただ、予想と違ったことが一つだけある。
「まさか姉ちゃん、ほんとに藤谷とデートするとは……」
「賭けは俺の勝ち」
「お前、何か裏で立ち回ったろ。何もなしに姉ちゃんが藤谷なんかとデートするわけない!」
「何もやってねえよ」
 桜とクリスマスデートがしたいと藤谷に相談された日、帰宅した亨にそのことを話すと、彼は「面白そうだから賭けよう」と言い出した。桜が藤谷の誘いを受けるか受けないか。楓は自信満々に「受けない」に賭けたのだが、ものの見事に大はずれ。
「ああ、悔しい」
「勝ったときの約束、覚えてる?」
「さあ、約束なんてしたっけ?」
「ひどいな。無かったことにするつもり? 負けた方は勝った方の言うこと何でも聞くって」
「……何させようって言うんだよ」
「そんな難しいことじゃないよ。俺がプレゼントする服、着てほしいだけだから」
「それくらいなら……、いや、違うな。何着せるつもりだ。ミニスカサンタとかそういう変態チックなやつだろ」
「そんなんじゃないよ。普通のだよ」
「ナース? CA? セーラー服? メイド?」
「全部ハズレ。普通のって言ってんだから女装じゃないだろ。まあ、そういうの着たいなら買ってくるよ」
「着たいわけねえだろうが。で、何の服なの?」
「正解は後でね」
「怖い。怖い怖い」
「大丈夫だよ。きっと気に入ると思う」
「気に入らなかったら着なくていい?」
「いいけど、他のお願い聞いてね。約束だから」
「約束だけど……」
「約束だもんね」
「……うん」
「よし、じゃあ早く片付けちゃおう」
 ケーキを食べ終わった亨は、嬉々としてキッチンの後片づけに向かう。鼻歌まで聞こえる。よほどご機嫌らしい。
 『普通の』服を着させてそんなにうれしがるのはおかしいから、やっぱり『普通の』ではない気がする。びくびくしながらも、滅多にない彼のお願いなら、結局聞いてしまうんだろうなと思った。

Merry Christmas!