(小ネタ3)捨てるもの捨てないもの

【時期→かえでシロップ本編(3)と(4)の間】

 最近、大学に来ると毎度毎度藤谷に捕まっている。何の用かと言えば、いつもくだらない恋愛相談である。お馴染みの学食のお馴染みの席で、いい加減うんざりしながら、楓は後輩の話を聞いていた。
「せんぱーい。俺って一生童貞なんでしょうか?」
「はあ? そんなん知るかよ。とっとと彼女作れよ」
「桜さんが彼女になってくれないんです……」
「金積んだらヤらせてくれそうじゃね。彼女は諦めろ」
「早くお金稼げるようになってプロポーズします!って言ったら、女を金で買おうとするなって怒られました。お金儲けすっごく頑張ってるのに、もう俺どうしたらいいんですか」
「だから知らねえってば」
「参考までに聞きたいんですけど、先輩が童貞捨てたときってどんなでした? いつ? 誰と? どんな感じでそういう雰囲気に持っていきました? ぶっちゃけ気持ち良かったですか? 相手は満足してくれました?」
「質問多過ぎ! そんなの答えられるわけ……。……あ」
 そういえば、まだ捨てていなかった。
「もしかして、思い出したくないつらい過去でしたか?」
「そうじゃねえよ」
 思い出したくない過去ではないが、思い出したくない事実ではあった。
 
 
 亨宅で風呂上がりにくつろぎながら、スマホでネットサーフィンをする。風呂掃除終わりの亨が戻ってきて、肩越しに画面をのぞき込んできた。
「熱心に何見てるんだ?」
「童貞捨てた時の経験談読んでる」
「……なんで?」
「藤谷が捨てたい捨てたいってうるさいんだよ。俺にどんな感じなのかしつこく聞いてくんの。あいつは俺の経験人数三桁だと思ってるから、今更実は童貞なんですって言いにくいし、次は答えられるように調べてたんだ」
「そう。先輩は大変だな」
「参考までに聞きたいんだけど、お前が童貞捨てたときってどんなだった? いつ? 誰と? どんな感じでそういう雰囲気に持っていった? ぶっちゃけ気持ち良かった? 相手は満足してくれた? ……って、これ全部藤谷に聞かれたことだけど」
「それは、藤谷がお前に聞くのと、お前が俺に聞くのとでは、大分ニュアンスが変わってくるような……」
「教えたくないの?」
「逆に聞きたい?」
「全然」
「だろ?」
「あ、そっか。今からでも捨てればいいんだ」
「は?」
「ダメ?」
「いや、俺で捨てるの?」
「よそで捨ててこいって?」
「いやいや、そうは言わないけど。え、本気?」
「本気……、なんて」
 ぷっと吹き出す。
「あはは。お前を抱くとこ想像してみたけど、びっくりするほど興奮しないわ。なにこれ、不思議」
「そうだよな? 俺もだよ。だから、普段通りでいいって。な?」
「えー。そう言われるとやってみたくなる」
「冗談だよな?」
「冗談ってことにしといてやるよ。今は」
「なに、怖い。内股になっちゃいそう」
「なんだよ、それ」
 ツボに入ってゲラゲラ笑う。亨が妙に焦っているのを見て、さらに笑えてくる。もう少しいじめてやろうか、どうしよう。
「たまには俺に身を委ねてみろよ」
「キメ顔作らなくていいから。本気だったら考えるけど、先に心と身体の準備をさせて」
「どうしよっかなー」
 小さな頃から姉にからかわれ続けてきた人生だったので、たまに逆の立場になると楽しくてたまらない。寝る前の仕返しが怖いような気がしないでもないが、せっかくなのでしばらく付き合ってもらうことにした。