(小ネタ9)お手伝いがしたい

【時期→かえでシロップ本編(4)の後】

 とある冬の日の休日。楓は一人、自宅のリビングでテレビ番組の溜め録りを消化していた。
 今再生しているのは、新米パパママ向けの子育て番組。十月に出産した実琴を手伝うため、勉強しようと思い立ち、録画しておいたのだ。
 楓の現在のスキルで協力できることと言えば、慶人の帰りが遅い平日、必要な物を買って届けたり、晩ご飯のお裾分けをしたり、その程度のことだけ。
 実琴は初めての子育てで色々と苦労しているようだ。彼には日頃から世話になっているので、スキルを増やして、楓も役に立ちたい。
 テレビの中でやっている通り、クッションを抱っこして、赤ん坊をあやす練習をする。
「やっぱりクッションじゃなあ……」
 形が全く違う。せめて手足のついたぬいぐるみでもあればいいのだが、男二人暮らしの家にあるはずもなく、何か適当なものはないかと部屋を見渡す。
 棚にある彫刻はどうだろう。亨は飾ってある作品にあまり触られたくないようだが、今は作業部屋で何やら忙しくしているから、彼の目がないこの隙に借りようか。——いや、あれは人の形ではあるものの、硬いし重すぎる。まだクッションの方がましだ。
 よそ見をしたせいで見逃したところまで戻していると、亨がリビングに入ってきた。テレビに半分意識を集中させたまま、問う。
「終わったのか?」
「ううん、まだ。コーヒーでも入れようかと思って」
「おう」
「楓は?」
「さっき自分で入れたのあるからいい」
「そっか」
 キッチンで食器棚からカップを取り出す、カチャカチャという音が鳴っている。テレビでは、どんな音が赤ちゃんの眠気を誘うのかという実験が始まった。
 実琴に教えてあげようと、スマホでメモを取りながら聞く。夢中になっていて、カップを持った亨がソファの後ろに立っていることに、声をかけられるまで気づかなかった。
「何見てるの?」
「イマドキ子育てイロハ。今日は寝かしつけ特集なんだ」
「へえ。おもしろい?」
「おもしろいっていうか、ためになるな」
 アドバイスが具体的で理解しやすい。自分も頑張ってみようという気になれる。なかなかいい番組だ。
 会話の切れ目で作業部屋に戻るかと思いきや、亨は話すのをやめない。
「あのさ」
「なんだよ」
「できたの?」
「は?」
「は?って何。そういうことはさ、まず俺に報告してくれないと」
「報告?」
 テレビを見ているだけなのに、何の報告がいるのだ。
 話をしていると、テレビの音が聞こえづらい。用件だけを端的に言ってほしいのに、亨はだらだらよくわからないことを喋る。
「俺としてはいつでもよかったんだけど、お前は大変だよなあ。ほら、泉田、育休中だし、休みづらいだろ」
「いつまで泉田って呼んでんだよ。ミコちゃんはもう真宮になったの。てか、さっきから何のこと言ってんだ」
「楓はやっぱり玉木がいいよなあ。俺が変える? 別に伊崎姓にこだわりはないし。むしろあんまり好きじゃない」
「だから何のこと……」
「お前、子供できたんだろ? こんなの見てるぐらいだから」
「……」
 子供? 楓に? なんて突拍子もないことを言い出すのだ。
「いや、ない。ないないないない!」
「そうなの? じゃあ、なんで?」
「これはミコちゃんのため! 大変そうだから、手伝いをしたくて……」
「ああ、なるほど。そういうことか。めっちゃ真剣に見てるから、てっきり」
「だいたい、できるも何も避妊してるだろうが」
「でも、スキンの避妊率、百パーセントじゃないって言うよ」
「とにかくできてない! 早とちりしすぎだっての。名前変える話まで……、恥ずかしいやつ」
「恥ずかしいか? いずれはしなきゃならない話だろ」
「そうかもしれないけど……。もういいだろ。この話は。俺は勉強中なんだよ」
 顔を背けて赤くなりかけた頬を隠しつつ、また録画を早戻しする。
 強引に切り上げたものの、結局、気になって尋ねる。
「……早く子供欲しいのか?」
「いや、環境が整ってからでいいよ。順番的に子供がどうのこうの言う前にやっとかなきゃならないこともあるしね」
 名前を変える云々の話か。どうしてこういうことを照れずに言えるのか不思議だ。
「それはいつするんだよ」
「いつでも。きっとそういうタイミングってどこかで来るよ。番になった時みたいに」
「そんなもん?」
「多分。これっていうタイミングがなくても、したくなったらすればいいんじゃない。それこそ子供が欲しくなったときとか」
「……まだいいかな」
「じゃあ、そうしよっか」
 あと少しは、恋人のままでいさせて。