(小ネタ11)ハッピー・ウィークエンド

【時期→かえでシロップ本編(4)より後(楓、社会人一年目)】

 週末、翌日のことを気にせず夜更かしできる金曜日。仕事が嫌いなわけではないが、休息と自由は人生において重要だ。
 時刻は日付をまたいだ午前一時過ぎ。楓は寝室のベッドの中、夢と現の境でうとうとしていた。平日の疲れの上にひとしきり愛し合った後の気怠さが乗っかって、もう眠気が限界だ。
 亨はシャワーを浴びに行っている。戻ってくるのを待っていようか。どうしようか。週末でなければ終わり次第さっさと寝てしまうのだが、今日はもう少し話をしたい気もした。
 社会人になってから、お互い忙しくしていることが多くなり、共有できる時間が減った。週末にその埋め合わせをしようという意識が働いているものと思われる。たくさん触れあいたいし、たくさん喋りたい。さきほどから、その欲求と睡魔が戦っている。
 ほどなくして、スリッパのぺたぺたという足音が部屋に入ってくる。重い目蓋を開いてそちらを見ると、亨は顔をしかめた。
「またそのまま寝て……」
「風呂は朝にする」
「それはいいけど、服は着ろよ。肌寒くなってきたぞ」
「めんどくさい」
「駄目。お前、それで夏風邪引いたろ」
「あれは疲れが溜まってたからで……」
「とにかく着る。着せてやるから」
 裸と裸でくっつき合って眠るのが何より好きなのに。うるさいやつだ。
 寝たまま動かずにいると、亨に掛け布団を剥ぎ取られた。下着とズボンを先に穿かせられる。裸で寝たいと楓がごねるのは毎度のことなので、亨も手慣れたものだ。
「ちょっと起きて」
「やだ」
「上はこのままじゃ着せらんねえだろ。ほら」
 亨は肩をつかんで背に腕を添わせ、無理矢理起こしにかかる。それに抵抗し、力を抜いてぐにゃりと彼の胸にもたれかかった。
「こら。自分で座れ」
「やだー」
 甘えん坊を発動させ、彼にしがみつく。
「もう……」
 困ったように言ってはいるが、迷惑になんてちっとも思っていないことを、楓は知っている。許される範囲の我が儘しか言わない。
 どうにかこうにか着せ終わり、亨の掌が楓の肩をさする。
「凝ってるな」
「マッサージして」
 うつ伏せで寝転び、足をバタバタさせる。
「なあ」
「眠いんじゃないの?」
「マッサージされながら寝る」
 これも許される我が儘。ちゃんとわかっている。
「はいはい……」
 想定通り、リクエストに応えてくれるらしい。亨は背中を跨ぎ、まずは肩から揉みほぐし始める。独学らしいが、これがなかなか上手いのだ。
「もうちょっと左。そこ、もっと強く」
「注文が多いんだから」
 手の温もりと適度な刺激が心地よく、再び目蓋が下がる。
 背中全体がよくほぐれてきたころ。
「あー、もう駄目。手が限界」
 いきなりバタリと倒れ込んでくる。気が抜けきっていたところに体重がかかり、うめく。
「うえっ」
「もうおしまいです」
「重い! どけよ」
「んー」
 楓の苦情は聞かず、亨は首筋の、番になったときの噛み跡が残る箇所とは反対側に、唇を寄せた。濡れた生温かい感触。キス、ではなく、軽く歯を立てられる。
「……また噛んでる。やり足りない?」
「そういうわけじゃないけど。嫌?」
 いつもというわけではないが、彼は噛み癖を出すときがある。
 充分手加減されていて、痛くはないし、痕が付いたっていつも一日で消えるようなものだから、大抵したいようにさせている。
「嫌ってわけじゃなくて、なんで? 単純に疑問」
「これはもう本能的なものだからさあ」
 甘噛みしつつ、痕を残そうとするように吸う。
 オメガを噛んで我がものにしたいというアルファの本能。しかし、今の自分たちには当てはまらないのでは?
「すでに番になってて、噛む必要ないだろ」
「でも噛みたくなる。不思議」
「とりあえずどけ」
 しつこく噛みついてくる亨を肘で押してどかす。全体重ではないとはいえ重いので、せっかくのマッサージが台無しになりそうだ。
 亨は楓の背中を抱っこし、また首筋を咥え、ガブガブとちゅーちゅーを始める。
「おい」
「うまいよ」
「多分それ汗の味だぞ。あのな、この前真宮家に行ったときに聞いたんだけどさ」
「うん」
「番になった後は噛みたい欲求がなくなった、って慶人は言ってた」
「へえ」
「お前のそれ、アルファの本能関係なく性癖なんじゃないの?」
「うーん……。そういや、番になる前は興奮したときに噛みたくなったけど、今はかわいいかわいいってなったときに噛みたくなる、気がする。本能じゃないとすれば、単なる愛情表現だよ、愛情表現。キスと同じ」
「今はかわいいかわいいってしたい気分なのか?」
「うん、すごく」
 耳裏や項、襟ぐりの部分にかけて口づけられる。亨の方も、平日に不足している分の触れあいを補充したいのかもしれない。
 嫌ではないから、放っておこう。そうしよう。
「……気が済むまで好きにしててくれ。俺は寝る」
「どうぞ」
 明日は一日ゆっくりして過ごそう。