(小ネタ)楽しい忘年会

【時期→なきたい夜番外編1の後、かえシロ本編(4)の後 /なきたい夜&かえでシロップのコラボネタ】

 師走も中頃に入り、冬休みが間近に迫った今日、金曜日。
 バイト帰りに待ち合わせの約束をしているため、伊月は主要駅で下車した。陽介と外で夕飯を食べる予定なのだ。最近はおうちご飯が多く、夜に外食するのは久しぶりだった。
 約束の場所は、駅構内の本屋の入り口に掲げられている、大きなモニターの前。定番の待ち合わせスポットであるため、案の定その周辺は混雑している。少し離れた位置にある店の壁に寄り、待つことにした。着いたら連絡をくれるだろう。それから移動すればいい。
 念のためメッセージが来ていないか確認する。——新着の通知はなし。「着いたよ」とこちらから送っておく。
 約束の時間まで、あと十五分くらい。本屋で時間を潰そうかとも思ったが、また余計な買い物をしてしまいそうなので、やめておく。年末にお金のかかりそうな予定が入りそうなのだ。
 その「予定」のことはまだ陽介には伝えていない。言わなければならないとわかってはいるのだが、多分彼はあまりよく思わないだろう。怖くて言えない。しかし、時期が迫っている。今日こそ言うぞ、と心に決めていた。
 スマホをズボンのポケットにしまおうとして視線を落としたとき、靴紐が緩んでいるのに気づいた。しゃがみ込んで結び直す。その作業の最中、真近くに立つ人の鞄が目に入る。
 シンプルな黒のビジネスバッグ。それ自体はサラリーマンがよく持っているありふれたものだが、サラリーマンの鞄には極めて不似合いなものがぶら下がっている。二匹の可愛らしいウサギが抱きあっている、ぬいぐるみマスコットだ。
 ウサギのうち、一匹がバニバニうさぎ、もう一匹がうさのすけというキャラクター。今年五月に限定発売されたコラボグッズで、伊月が買いたくても買えなかった代物だ。しかも青、清香の担当カラーである。
 発売日初日に売り切れた限定グッズを手に入れ、仕事の鞄につけているなんて、この人はよっぽど熱心なバニバニファンに違いない。
 ——うらやましい……。
 じーっとマスコットを見つめていると、不審げに問われた。
「……何?」
 顔を上げると、そこにいたのはスーツ姿の若い男だ。まだ学生のようにも見える。何と言えばいいだろう、陽介もそうだが、容姿に恵まれた側の人間で、女性が読むアイドル雑誌の表紙にいそうだと思った。あまりバニバニのライブ会場では出くわさないタイプだ。
 立ち上がり、バニバニファンの仲間意識から気軽に尋ねる。
「あの、あなたも好きなんですか?」
「何が?」
「それ」
 彼の鞄についたマスコットを指す。
「ああ、これ? いや、俺はあめ左衛門派」
「あめ……?」
「確かにうさのすけは不動のナンバーワンだけどさ。男ならあめ左衛門の渋さを理解しろって言いたいね」
「いや、うさのすけじゃなくて、バニバニうさぎの……」
「ああ、そっち?」
「そうです。それ、欲しかったんだけど、売り切れちゃって買えなくて」
「バニバニ好きなの?」
「はい、とても」
「へえ。じゃあ、これやるわ。中古だけど」
 彼はボールチェーンを外して、マスコットを差し出してくる。
 予想外の申し出に、伊月は両手を顔の前で左右に振った。
「え、もらえませんよ! こんな貴重なもの」
「適当につけてただけだから、別にいらないんだ。事務所にまだあると思うし」
「え、バニバニの事務所の方ですか!?」
「そんなわけねえだろ。うさのすけを作ってる会社の人だよ。ファンだからつけてるってわけじゃない。遠慮すんな。その代わり、気が向いたらうちの商品買って。あめ左衛門、マジで渋カワだから」
「渋皮?」
「ほれ」
 ずいっとマスコットが眼前に迫ってくる。欲しくない、はずはない。転売屋から買うくらいなら、と思って諦めていたが、ファン心理としては、手に入れられるチャンスがあれば是非とも手に入れたい。
「……本当にいいんですか」
「いいって言ってる。いらねえの?」
「欲しいです! ありがとうございます! せめてお金を。あんまり手持ちがなくて定価しか払えないですけど……」
「いいっていいって」
 天使のように親切なその人は、伊月の手を取ってマスコットを握らせてくれた。
 これでまたコレクションが増えた。奇跡のような出会いに感動して、再度お礼を言おうとしたが、よく知った声に遮られる。
「……何してるの」
 陽介だ。なぜか不機嫌を前面に押し出した表情で歩いてくる。彼は名も知らぬ親切な人に言う。
「僕、その子の連れなんですけど、やめてもらえます?」
「は? 何が?」
「ナンパ? キャッチ? どっちも間に合ってますから」
 突然何てことを言うのだ。ぎょっとして、陽介のコートを引っ張る。
「いや、違うよ。これをもらっただけで……」
「知らない人からおかしなものもらうんじゃないよ。何やってんの」
 濡れ衣を着せられ、親切さんもさすがにカチンときたようだ。
「おかしなもの? おい、こっちは真剣に作ってるんだ。おかしなものってどういうことだ」
「言葉通りの意味だよ。ほら、行くよ」
 陽介は伊月の手を掴む。
 親切さんをちらっと見る。この人を悪者にしておいてはいけない。
「違うんだ。この人はただ俺が欲しがってるからくれただけで、押しつけられたわけでもないし」
「簡単にものに釣られてんじゃない。その人にそれ返して。さっさと行くよ」
 手をぐいっと引かれる。親切さんの顔つきはますます険しくなる。
「そんな頭ごなしに言って可哀想じゃん。ほんとに連れ? それはこいつにあげたものだから返さなくていい」
「いりません」
「いらないのはお前がだろ。俺はこいつにあげたの」
「この子はド田舎育ちで頼りないから、僕が悪い虫から守ってあげないと……」
「ふん、そういうのは大概勘違いで、大抵本人だけでもどうにかなるもんだからな。保護者面の束縛彼氏ウザーい」
「はぁ!?」
「ちょっと、やめて! なんで喧嘩になるんだよ」
 睨み合う両者の間に入り、口論を止めようととしたときだ。能天気な大声が響いた。
「せんぱーい! 遅れてごめんなさーい」
 冬だというのに日焼けした、いかにも学生らしいラフな恰好の男が駆け寄ってくる。親切さんはその男に言う。
「おい、藤谷。今取り込み中なんだ。話しかけんな」
 それを聞いているのかいないのか、藤谷と呼ばれた日焼け男は、今度は陽介の方を見る。
「あれ、陽介じゃん。どうしたの? あ、ナンパ? 駄目だよ。そのお兄さん、相手いる上に、ナンパ相手に対する仕打ちが容赦ないから」
「誤解です。ナンパじゃないです。ナンパしたのはこの人」
 陽介は親切さんを指す。少々大袈裟に、藤谷は両手で口元を抑える。
「先輩……。いくら倦怠期だからって浮気は駄目ですよ」
「浮気じゃ……、てか、倦怠期じゃねえわ!」
「先輩のとこも、もうそろそろそんな時期じゃないですか?」
「お前に何がわかるんだよ、童貞」
「えっとー、じゃあ、なんでこんなに空気がピリピリしてるんですか」
「こいつが変な絡み方してきたんだ」
「その前に変なもの渡してうちの子に絡んできたのは、この人です」
 陽介と親切さんはお互いを指差し、一歩も譲らない。二人とも頑固なようだ。
 親切さんは鼻で笑う。
「うちの子ってマジで保護者面だな」
「ああ、そうです。そうですよ。それであなたに何か迷惑かけましたか?」
「かけてるじゃねえか、今!」
「だから、やめてってば!」
 伊月の言うことは全く聞き入れてもらえない。ここは二人の共通の知り合いらしい藤谷を頼るしかない。
「あの……」
 藤谷に事の成り行きを説明する。彼は頷きながらそれを聞いていた。
「なるほどねえ。まあ、合わなさそうな二人だからね」
「どうしましょう」
「どうしよっか。君さあ、陽介の彼氏だよね?」
「……えっと」
「隠さなくても大丈夫。俺、去年の末ぐらいに陽介から相談受けてさ。運命の人を見つけたかもしれないって。それで、運命の出会いをした知り合いのカップルを紹介したあげたんだけど」
「なんかそういう話、前に聞いたような」
 話していたのは、正式に付き合うことになった日だったか。
「俺は陽介の大学の先輩なんだ。君はその、ちょっと前に陽介と噂になってた子?」
「まあ、はい……」
「大変だったねえ。君にそのぬいぐるみくれた人、玉木先輩って言うんだけど、君と同じ苦労してきた人だから、話聞いてみるといいよ。あれで案外、優しいとこあるからね」
「同じ苦労?」
「君と性別が同じなんだよ。うちの大学じゃ、結構有名な人だったんだ。陽介は一年しか被ってないから、先輩のこと知らないみたいだけど」
 あの人もオメガ? 陽介に対する態度を見ていると、おとなしく日陰にいるイメージのあるオメガにしては、アグレッシブすぎるような気がする。——これも偏見か。よくない。
 藤谷はまだ何やら言い合っている二人に向かって、声を張り上げる。
「先輩、もう行きますよ! 桜さんも伊崎さんも、先に店に着いてるんでしょ?」
「ああ、そうだな。いつまでもこんなのの相手してらんないわ」
「元はと言えばあんたが」
「陽介、俺たちこれから内輪の忘年会やるんだ。一緒にどう? 葛城くんも来るって」
「え、行くなんて言ってない……」
「伊月、なんで、どういうこと?」
「さあ、皆で行こう! レッツ飲みニケーション」
「オヤジか」
 全員の予定を強引に決定した藤谷に、玉木が呆れたように言った。
 
 
 連れて来られたのは、駅から歩いてすぐの雑居ビルに入る居酒屋。幹事の藤谷が予約してあったという畳敷きの個室には、すでに二人の男女がいた。玉木の姉で藤谷の想いの人だという美女と、玉木の恋人だという男だ。
 幹事の仕切りで忘年会がスタートする。
 藤谷と陽介が喋っている間、藤谷が目で合図してくる。先ほど、玉木に話を聞いてみればいいと言っていたことを考えると、陽介を引き留めているうちに玉木と話せということか。
 藤谷がどういう意図かに関わらず、言っておくべきことはある。烏龍茶のグラスを持って玉木の隣に移動する。
「……あの、マスコット、ありがとうございました。大事にします」
「ああ、いいんだよ。そんなに感謝されるほどのことじゃない。会社からタダでもらったやつだから」
「善意でくれたのに、うちの陽介がすみませんでした。変な勘違いしたみたいで」
「うちのって、お前も言うのな」
「別に深い意味はないんです。咄嗟に出ちゃって」
 プライベートで一緒に過ごす時間が長いので、身内感覚なのだ。

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