(小ネタ)楽しい忘年会

 伊月が次の話題を振る前に、玉木から切り出してくれる。
「さっき藤谷からさらっと聞いたよ。大学で上手くいってないんだって?」
「まあ、いろいろあって」
「性別バレ?」
「そうですね。性別バレしたり何だかんだあって、コソコソ言われてるのが聞こえてくるぐらい。我慢できないほどじゃないから、ある程度は仕方ないって思うことにしてます」
「お前がそういう状況だから、彼氏も神経質になってんだろうな。俺、お前の手を触ったりしたし、『うちの子』に近づくな、みたいな。でも、あの時は無理矢理言うことを聞かせようとするDV男っぽく見えてさ」
「そんなことは全然。悪い人じゃないです」
「じゃあ、まあ、よかった。是非アドバイスしてやってくれって藤谷が言ってたけど、俺に言える事なんてそんなにないよ。俺は今まであんまり上手くやれてなかった側だから」
「そんな、無理には。なんかすみません。藤谷さんにも玉木さんにも気を遣わせちゃって」
 玉木は首を振る。
「それはいいんだ。あえて言うならさ、『仕方ない』は駄目だぞ。オメガだから嫌な思いをするのは仕方ないっていうのは、絶対違う。コソコソ言われるのは言う奴が悪い。お前が悪いんじゃない。言われれば言われるほど自分の価値が下がるような気がしてくるけど、卑屈にならなくていい。……と思う」
「はい」
 神妙な顔をして畏まって聞いていると、玉木は照れ隠しなのか、ビールのグラスを置いて頭をかく。
「ああ、もうさあ、こんなこと普段言わないから変な感じ。ほら、なんか食べろよ。夕飯まだだろ?」
「ありがとうございます」
 食べながら、その後も色々と話をした。近しい人でオメガなのは姉しかいなかったから、オメガとして生きてきた人とこうして喋ることが出来たのは、貴重な経験だった。
 
 
 居酒屋では皆大分飲んだり食べたりしていたので、支払額が心配だったのだが、ありがたいことに奢ってもらえた。社会人三人と藤谷の割り勘だ。「桜さんが出すなら俺も出します!」と藤谷はここぞとばかりにアピールしていた。
 桜はタクシーで帰ると言い、藤谷もそれにちゃっかり同乗していった。残った四人の行き先は駅だったが、お互い気を遣って、最終目的地が同じ二人と二人、店の前で別れた。
 陽介と駅まで歩きながら、伊月は張った腹をさする。
「ご飯美味しかったなあ。ほんとに出さなくてよかったのかな」
「いいよ。無理矢理連れて行かれたようなものなんだから」
「強引だったな、藤谷さん。でも、いい人だった」
「それはそうだね。あの人後輩の面倒見はすごくいいんだ。とにかく顔が広くて、繋がりがよくわからない知り合いいっぱいいるし、友達として面白い人ではあるよ」
「俺が玉木さんと喋ってる間、なんか盛り上がってたけど、何話してたんだ?」
「ほぼ藤谷さんが喋ってた。桜さんと付き合いたい、どうしたらいいんだろうって、そればっかり聞いてきて」
「本人の前で?」
「そう。必死さが滲み出てたな。ああいういかにも高嶺の花タイプを狙わないで、手近なところに行けばいいのに」
「好きだったらしょうがないと思う」
「まあ、そうなんだけどさ」
「俺たちが何喋ってたのかは聞かないのか?」
「ちらほら聞こえてきてたよ。よかったんじゃない。同じ性別の人にあんまり会う機会ないんだから、今日は話せて」
「うん、すごくよかった」
 玉木を寄せ付けまいとしていた陽介が、よかったと言ってくれたのもよかった。
 彼は今、酒が入っていることもあって機嫌が良さそうだ。和やかでとてもいい雰囲気である。家に着いたらまた言い出しづらくなるかもしれないし、ここで話してしまおう。例の件を。
「えっと、怒られると思って言えてないことがあるんだ」
「……え、なに? 怖い」
「クリスマスの計画、色々立ててくれてたじゃん。でもさ、その」
「バイト入っちゃった?」
「じゃなくて、当たっちゃった。バニバニのクリスマスライブのチケット。追加当選で」
「……そっちを優先するわけ?」
「せっかく当選したし、行きたいなーって。だって、毎年すごい倍率なんだ。駄目元で応募しただけで、まさか当たるとは思ってなくて」
 陽介は深々と溜息をつく。
「はいはい……。いいですよ。僕は寂しく一人で過ごすから。どうせ今年は平日だし、どうってことないよ。二人で初めて迎えるクリスマスなのにひどい、とか全然これっぽっちも思ってないから」
「いや、チケットは二枚で申し込んでたんだよ。一緒に行けたらいいなと思って。計画立ててくれたの無駄になるけど……、駄目かな」
「……そうなんだ。気が利くようになったね」
「前に二人でライブ行ったの楽しかったから。また行ってくれると嬉しい」
「そんなに行ってほしい?」
「うん!」
「しょうがないなあ。じゃあ、いいよ。別に行ってあげても」
「やったー。よかった! なかなか言い出せなくて、最近ずっと気が重かったんだ」
 これで一安心。心置きなくライブを満喫できる。俄然わくわくしてきた。
 陽介は伊月の手を取る。
「僕にもちょっと付き合ってくれない? 寄りたいところがあるんだ」
「今から?」
「そうだよ」
 こんな時間からいったいどこに行くというのだろう。どうせ明日は休みなので、遅くなっても問題はない。言われるままついていった。
 
 

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 一方、初々しい学生二人の数メートル後ろで、楓も亨と並んで駅まで歩いていた。
「ああ、寒い……。社長の奥さんが冷え性だとかで、事務所の中いっつも暑いし、あの店も暑かったし、寒暖差が堪える」
「風邪引くなよ。カイロいる?」
 亨がポケットから取り出したのは、貼らないタイプの使い捨てカイロだ。
「いいの持ってんじゃん」
「今日会社の子にもらった」
「ふーん。貸して」
 彼の手からカイロを取り上げ、自分のコートのポケットに入れる。触れた部分からじんわり熱が伝わってくる。
「くれたの女だろ」
「そうだけど、もらったの俺だけじゃないよ」
「へえ」
「……こういうことでいちいち拗ねるの、そろそろやめない?」
「拗ねてない」
「ほんとに? ならいいんだけどさあ」
 カイロをもらっただけで浮気がどうのこうのと騒ぐほど子供ではない。ただ少し、ほんの少し気に入らないだけだ。自分より気配りの出来る女が、彼の周りにいることが。
 会話が途切れ、しばらくは黙ってポケットの中でカイロをいじり回していたが、今日駅で藤谷を待っているとき、ふと思い立ったことを口にする。
「行きたいとこあるんだ」
「もうデパートは閉まってる時間じゃないか?」
「デパートじゃない。まだやってるとこ」
「はいはい。どこへなりとも」
 亨ならそう言うと思っていた。
 駅の正面口までやってくる。その前には大通りがまっすぐに走っており、毎年この時期、街路樹はイルミネーションで彩られ、周辺には趣向を凝らした光のオブジェが飾られる。
 冬のイルミネーションなどカップルホイホイみたいなもので、歩道は密着した二人連れで溢れかえっている。とりあえず夜に光らせておけばいいんだろう、単純なやつらだ、と笑う主催者の顔が見えるようだ。
 混雑を前に、亨は立ち止まる。
「やっぱ金曜日だから人多いな。この通りの店? 明るいときに来た方が空いてるんじゃない? いくらなんでもこれは……」
「明るいと光ってないだろ」
「え、もしかして光ってるのを見に来たとか? こういうの嫌いだったはずじゃ」
「寒いし混んでるし嫌いだよ。でも、冬も夏も引きこもりがちだから、お前もたまにはこういうとこ来たいんじゃないかと思って、気を遣ってやったんだ」
「ああ、……うん、ありがとう」
「今、素直じゃないなって言おうとしてやめただろ」
「よくおわかりで」
「なに、嫌なの?」
「嫌じゃないよ。行こう」
 外で楓が嫌がらない程度に、ぽんと背を叩かれる。
 ホイホイの中に踏み入り、人の流れに沿ってゆっくりと歩く。煌びやかな光の群れはどこか現実感がなくて、自分以外の人間の存在を曖昧にぼかす。
 ぼんやり流し見しながら進んでいると、カシャッと音がする。隣にいた亨がこちらに向かってスマホを構えていた。
「おい、勝手に撮るな」
「思い出だよ、思い出」
「気が抜けて変な顔してただろ。消せ」
「楓はいつでもかっこいいよ。大丈夫。あ、あそこで撮る?」
 彼が指したのは、通りの反対側の店舗前スペースに設置されたフォトスポットだ。大きなハート型のオブジェがあって、それを背景に写真を撮るらしい。人気らしく、何組か列を作っている。
 自分があそこに立つことを考えるとぞっとする。男二人連れという以前の問題だ。
「断固拒否する」
「俺もさすがにあれは恥ずかしいかな」
 亨もまともな感覚を持っているようで安心した。
 全く、どういうやつがあんな浮かれた真似をしているのだか。目を凝らして見てみると、驚いたことに、ハートの前に立っていたのは知り合いだった。ついさきほどまで一緒に飲んでいた——。
「あれって……」
「ほんとだ。葛城くんと堂島くんだ」
 フォトスポットで写真を撮ってもらっていたのは、今日出会ったばかりのあの二人だった。
 可愛らしくはあるが、素朴な雰囲気で派手さのない葛城と、ずっとスクールカースト上位を駆け抜けてきたような、楓が苦手とするタイプの堂島。合わないように見え、内心葛城のことが心配だったのだが、なかなかどうして上手くいっているようだ。
 撮影が終わって立ち去るときに、彼らはくっついて腕まで組んでいた。
「……すげえな。あれが若さか」
「若さって、お前だってそんなに年変わんないだろ。俺はどうなるんだよ」
「おっさんだ、おっさん。三十はおっさん」
「言っとくけど、働き出したら三十なんてすぐだからな」
「その頃にはお前はもっとおっさんだな。ジジイが目の前」
「自分の方が若いからって……」
「年長者をいたわってやろう」
 カイロを手のひらの上に載せて差し出す。
「ああ、どうも」
 亨がカイロを受け取ろうとしたところで、彼の手ごとぎゅっと握った。そのまま繋がった手を下ろし何事もなかったように歩き続ける。
 彼は少し驚いたような顔をしたものの、それについては何も言わない。
「ありがと。あったかい」
「おう」
 人目を気にせずにいられる後輩たちが、少々羨ましく思えたのだ。
 久しぶりに金曜日のデートを楽しんだ。

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