(1)拾われ猫の日常

「……うれしい」
「自分で尻尾持って、ちゃんと見せて」
「はい」
 尻尾を掴んで前に持ってくると、彼を待ちわびる穴が露わになる。
「お口ぱくぱくさせて、すごくやらしい」
「する気になった?」
「ここまでされちゃあね」
 よし、作戦成功だ。
 アルは棚の方へ目をやる。
「えっとクリームは……」
「そこ」
 枕元に置かれた平たくて丸い容器を指す。
「あれ、なんで。仕舞ってなかったっけ」
「昨日使ったから……。我慢できなくて、ここで」
「またあの張型使ったの?」
「指でやった。おもちゃは洗ってまだ干してるところだから」
「ほんと、エッチな子」
「アルのせいだもん!」
 全部この人から教えられた。アルと出会うまでは、この中に何かを入れて気持ちよくなれるなんて、考えたこともなかった。
 彼はあやすように尻たぶを撫でてから、腰を掴んで引き寄せ、潤滑クリームでぬめった指を中に潜り込ませる。
「確かに柔らかいね。すぐできそう」
「あんまり中ぐりぐりしないで。アルのでいきたい……」
「……そうだね」
 指が出ていく。後ろを窺うと、アルが自分のものにもクリームを塗っているところだった。大きくなって反り返ったものが、てらてらと艶めく。リタのエッチなところを見て興奮してくれたのが目で確認できて、ほっとする。
 彼の先端が穴に当てられる。
「あ……。アル、やっぱり前からがいい」
「いいけど」
 身体を反転させ、仰向けになったところを、彼が覆い被さってくる。相手の動きが見えるのは、やはりいい。
 どきどきして、うるさいくらいに胸が高鳴る。自分で両足を抱えて穴を晒すと、彼は焦らすことなく入れてくれた。張型ではない、愛しい生身の男のものが、狭い道を開く。
「アル、アル……」
「ちょっと手加減して。締めすぎ」
「だって勝手になっちゃうんだもん……」
 ずっとほしかったものが、欲深い穴の内側を埋めていく。悦びを押さえきれない。紛い物では足りなくて、一人遊びでは真に満たされることなんてなかった。
 もっともっと深くまで、足りないところを全部埋めて。——しかし、じりじりとしか動いてくれない。
 彼の腕を掴んで抗議する。
「もっと来てよぉ……」
「いきなりガツガツいったら傷ついちゃうよ」
「大丈夫! 奥まで早く……。もっとぐちゅぐちゅ音が鳴るくらいして」
「そんなことどこで覚えてくるんだろうね」
「アルが教えたんでしょ? 僕、アル好みの子になれてる?」
「好みどころか最高だよ、君は」
「最高って一番ってこと?」
「そうだよ」
「やったー。うれしい!」
 アルの腰に両足を絡みつけ、ぐっと引き寄せる。結合が深くなり、甘やかな痺れが全身を駆けた。
「ああんっ……」
「……仕方ない子だ。今回は大分構ってあげられなかったからねえ」
 大きくゆったりとした、出し入れの動き。リタの様子を見ながら、徐々に激しくなっていく。今が朝だとか、午前中に来客があるとか、そんなことはどうでもいい。訳がわからなくなるくらいに揺さぶられたい。
「アル、いい……、気持ちいいよぉ」
「……」
「アルは……? ……はぁ、んっ」
「……ちゃんと気持ちいいよ」
「よかった……。アル、アル……」
「中すごい。うねってる。もうちょっと長く楽しみたいのに、すぐいきそう」
 リタの下腹部、薄い下生えの上ぎりぎりくらいのところを、彼は指先でなぞる。そのとき、だらしなく先走りを漏らすリタのものに、彼の手が触れ、はずみで吐精してしまう。
「あっ……」
 吐き出したものが腹の上にぼたぼたと散る。一緒にいこうと思って必死で我慢していたのに。
 アルはいったん動きを止め、どろっとした液体を指に取った。リタの腹に浮かんだ、淡く光る文字なぞるように、それを塗り広げる。達した直後は特に敏感で、その刺激にも感じてしまう。
 リタの腹の文字——、普段は消えているが、なんとも不思議なことに、身体を深く繋げているときだけ現れる。
 この文字はアルのフルネームで、「おまじない」のためなのだと彼は言う。以前、故郷で奴隷商人に捕まってこの国に連れて来られ、売り飛ばされたことのあるリタが、もう二度と同じ目に遭わないように。アルのものだと身体に名前を書いてあるのだそうだ。
 自分でもその文字を撫でる。おまじないをしてもらったのは、まだこういう関係になる前のことだが、交わりあったときだけ出てくる文字は愛の証のようで、リタはとても気に入っていた。
 だが、リタの仕草をどう受け取ったのか、彼はリタの望みとは真逆の提案をする。
「気になる? それ、出てこないようにほしければ、いつでもできるよ」
「やだ! ずっとこのままがいい。名前消して僕のこと捨てるつもり?」
「こんなものあってもなくても捨てない」
「それでもやだ……。ねえ、キスして。いっぱい好きってして」
 アルが身体を寄せてきてくれたので、首に腕を回して抱きつくと、キスをくれた。ちゅ、ちゅ、と軽く音を鳴らしながら一回二回。三回目は、口内をじっくり味わうような深いキス。
 キスの最中、中にいるアルのものが、肉壁を広げて戻って広げて戻ってを繰り返して脈打ち、リタの内に精を撒いた。彼も溜まっていたのだろうか、いつもより長く感じた。
 射精がおさまると、彼は顔を離してため息をつく。
「……あーあ。出ちゃった。君が可愛いこと言うから」
「もう一回……」
「ちょっと厳しいかなあ。クリスが来る前に朝ご飯食べないと」
「あ、そうだった! でも、あともう一回ぐらい」
「また夜にね」
「えー、やだ」
 尻に力を入れて、ぎゅっと中を締める。アルはリタの太股あたりをたたく。
「こら。駄目だよ。また勃ってくる」
「それを狙ってる。ね、お願い、アル」
 猫なで声でおねだりし、尻尾を彼の足に絡みつける。付け根の方まで這わせていって、尻尾の先でつんつんと袋の裏をつつく。
「ここのがもっとほしい」
「君って子は……」
 こういう誘いには、いつも結局乗ってくれるから、アルの方も欲望には忠実なのだった。

 結果から言えば、間に合わなかった。いつもは正午の鐘ぎりぎりに来るクリスが、めずらしく早く来たのだ。
 二回目が終了して放心状態で息を整えていると、階下から激しくドアを叩く音が聞こえた。アルが先に飛び起きる。
「クリスだ……」
「うわあ、どうしよう」
「待たせておけばいい。お湯用意してあげるから、身体綺麗にしようね」
「いいよ。自分でできる」
「いいから。とりあえずそのまま待機」
「……はーい」
 バタバタと部屋を出て行くアルを見送った。
 怠い身体を起こすと、中に出されたものがどろりと出てきて、慌ててきゅっと口を締める。
 アルが戻ってきたのはそれからすぐ。階段をゆっくり上り下りするくらいの時間しか経っていない。
 彼は人肌ぐらいの温度の湯を張った、二つの盥を床に置いた。——水ではない。温かい湯だ。この短時間でどうやって? リタは今日まだ火をおこしていない。一から火をおこして湯を沸かしてちょうどいい温度まで調節して、こんなに早くできるものだろうか。
 ——まただ……。
 アルは時々とても不思議なことをする。この腹の文字もそうだ。今はもう消えてしまっているが、また交わりあえば出てくるだろう。
 他にも、リタが皿を割ってしまって落ち込んでいたら、次の日には元に戻って食器棚に並んでいた、とか、アル一人のはずの部屋から複数の声が聞こえてきた、とか。風邪を引いてリタが寝込んでいるとき、彼が喉を撫でてくれると、痛みが消え咳がましになった、ということもあった。
 まるで魔術みたいだ。リタはお目にかかったことがないが、世界には魔術という不可思議な技を使える人々が、ほんの一握りの数存在しているそうだ。その力を使って、日々人々の役に立つことをしてくれているという。
 アルが魔術師だったら楽しいな、と思ったことはあるけれど、彼は「しがない物書き」だというから、どうなのだろう、よくわからない。あまり詮索されたくないようなので、聞けずにいた。
 時間がない。あれこれ考えるのは後回しにして、アルにはクリスの対応に行ってもらう。リタは一人で後処理だ。
 二つの盥のうち一方に、中へ出された精液を掻き出して入れる。もう一方の盥は、布をつけて濡らすのに使い、顔と身体を丁寧に拭く。尻尾にこびりついた体液も念入りに落とす。毛についたものはなかなか取れなくて厄介だ。
 なんとか終わらせ、身繕いをきっちりしてから下りていく。
 アル以外の人の前では、通常耳も尻尾も隠すが、今は隠さない。クリスはリタが獣人だということを知っているからだ。
 それだけではなく、リタがこの家に住むようになった経緯も、リタとアルの関係も、アルから聞いているようだった。クリスという人は、リタが自分を偽らずに話が出来る、この国では数少ない一人だ。
 居間では、アルとクリスがお茶を飲みながら談笑していた。顔を覗かせると、クリスは気さくに手を振る。
「やあ、リタ。久々だね」
「お久しぶりです、クリス」
 クリスは実にスムーズに言葉を切り替えた。アルと二人の時はこの国の言葉、その場にリタもいる時はリタの故郷の言葉で喋ってくれる。
 アルもそうだ。日常会話はリタに合わせてくれている。アルにこの国の言葉を習ってはいたものの、まだまだ片言なので、故郷の言葉の方が意思疎通が取りやすいのだ。
 近所の人や市場の人はリタの母国語を話せないので、買い物するだけでも、初めは四苦八苦だった。この国の言葉以外に、リタの故郷のような小さな国の言葉も使いこなしているのだから、きっとアルもクリスも、それなりに高い教養があるのだろう。
 クリスはにこにこして、丸眼鏡の奥の瞳でリタを見つめる。
「元気そうだねえ」
「はい、とっても!」
「ふふふ。いいね。元気が一番だ。ちょうどアルと君の話をしていたところだったんだ。君は実に甲斐甲斐しくよく働くそうじゃないか。親友にこんな良いお嫁さんが来てくれて嬉しい限りだよ」
「お嫁さん……?」
 なんていい響きなのだろう。アルの妻気分で、毎日彼の身の回りの世話をしているが、他人から言われると照れてしまう。
「女が駄目だと知ったときは、こいつの将来をいたく心配したもんだけどね。幸せそうで何よりだ。はははは」
「幸せそうに見えますか?」
「もちろん。君も君の旦那様も」
 リタは実際幸せだから、幸せそうなのは当然なのだが、アルも同じに見えるのか。よかった。リタだけではなくて。
 よし、もっともっと良いお嫁さんを目指そう。
「クリス、お腹は空いていませんか? 何か作りましょうか」
「いいんだよ。原稿はきっちりいただいたから、もうお暇するよ。もちろん、原稿料はきっちり払ったよ。何か旦那様に美味しいものでも食べさせてもらいなさい」
「君に言われなくてもそうするよ」
 アルはぼそっと口を挟む。
 お茶を飲みきった後、クリスはアルの原稿を大事に鞄へ仕舞い、颯爽と帰っていった。
 カップを下げたり、テーブルを拭いたりして片付けをしながら、クリスに言われたことを思い出す。
「クリスっていい人だよね。良いお嫁さんって言われちゃった」
「あれで結構食えない男なんだよ。気を許しすぎないように」
 そうは言いつつ、アルはクリスのことを信用しているのだろうと思う。
 アルは近所の人にリタのことを「異国生まれの親戚の子供」だと説明していて、獣人だということも、自分が助けた元奴隷だということも言っていない。この国では、獣人は奴隷商人に狙われやすいから、それを避けるためだ。リタが連れ去られるのを危惧している。真実を明かしているということは、クリスが信用に足る人物だということだ。
 布巾を置いて、リタは腕まくりをする。
「お腹空いたね。オムレツ焼くね」
「お願いします。食べ終わったら、大道芸だっけ?」
「出店もね」
 アルとのお出かけは、いつだって嬉しい。クリスが早く来てくれたから、たっぷり時間はあるし、天気は文句なしの晴れ。今日もいい日になりそうだ。

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