(4)けんかするほど

「言いたいことというか」
 まっすぐに手を差し出す。
「一応、仲直り」
「ああ」
 握手を交わす。ナジはその手を引っ張り、抱き寄せる。
「元の家に帰るとか言うなよ」
「わかってますってば」
 安心させるためにそれ以上は思い浮かばなくて、口づける。
 手の甲で頬を撫でられ、くすぐったくて首を竦めた。もう大丈夫。だってもう怒った顔をしていない。怖くない。
「さっきいじめたとこ、ちゃんと可愛がってやる」
「うん……」
「見せて」
 横たわって足を投げ出すと、ナジは左足を取って甲に口づける。舌が踝から上へ上へ、内側を辿っていく。普段はズボンの生地くらいしか触れない場所。
「あっ……」
 足の付け根に近づくに従って、期待感が高まって脈が速くなる。落ち着かず、腰をもぞもぞと動かしたくなるのを堪えた。
 刺激に不慣れな内腿に唇が押し当てられる。ねえ、はやく、次はそこ、もう少しだけ上を——。しかし、キスされたのは反対側の内腿。
「……ナジさん」
「なんだ」
「可愛がってくれるんじゃないの……?」
「そう急くな」
 先ほどキスした場所を吸い上げて甘噛みする。ぞくぞくして震え、甘く気怠い熱が爪先まで広がる。
 ナジは愉快そうに笑う。
「触ってないのにぴくぴくしてる」
「だって、これでもすごく感じちゃう……」
「耳までつられて動いてるの気づいてるか?」
「……知らないもん」
 彼は内腿の柔らかな部分に顔をうずめ、何カ所にも吸い跡を残す。勃った茎に直接響くようで、もどかしくてたまらない。
「ナジさんってばぁ」
「楽しくてつい。ここか?」
 指がごく軽いタッチで裏筋をなぞる。
「んっ……、うん、うん」
「最近気づいたんだ。お前がフェラ下手なの、やってもらったことがないからじゃないかって」
「そんなこと頼めない……」
「だよな。そういや俺もやったことなかったな」
 彼は足を大きく開かせ、股ぐらに口を寄せてべろりと舐めた。ゼノがする時、彼はいつも平気な顔をしているが、なかなかどうして、される方は相当恥ずかしい。
 ナジの白い毛並みを掴む。
「いいです、こんなの……。手で充分」
「遠慮するな」
 羞恥を煽るためか、わざとこちらを見つめ、ゆっくり舐めてから口に咥える。
「うわあ……」
 温かい粘膜で包み込まれる感触に、腰が浮きそうになる。
 すぼめた唇に自分のものが出たり入ったりする。さらに、その下のひんやりとした重みのある袋に指が絡みついてうごめく。
 ナジに奉仕させているという罪悪感のようなものと高揚感。性感が高まるのと連動して、腹の奥が切なくなる。
 ゼノがもじもじしているのに気づいたのか、彼は口を離す。
「……要求があるなら言え」
「お尻がうずうずする」
「突っ込まれる方が好きか」
「ん、どっちも、だけど……。エッチな気分になると、早く中に欲しくなる」
「しょうがないな。随分いやらしくなったもんだ」
「そうですね。誰かさんのせいで」
「おかげ、だろ。美味そうに育って嬉しいよ」
「俺もナジさんのしたい」
「頭をあっちに向けて寝ろ」
 ナジも着衣を脱ぎ捨てる。彼の足側に頭が来るよう向かい合わせで寝そべった。
 彼はゼノの尻を引き寄せて、足の間に入り込むようにして覗き込み、穴の表面をぐりぐりと押す。
「ん……っ」
「ほしそうにぱくぱくさせて、食われるのは俺の方だな」
 クリームのぬめりを纏わせた指が中へ沈む。
 ゼノはゼノでさっきの彼のやり方を真似しながらしゃぶった。慣れた匂いと味にひどく興奮を煽られる。いつからだろう、こんな風に感じるようになったのは。何とか「下手」を脱して、彼のことも気持ちよくできるようになりたい。
 熱中していると、ナジの尻尾が耳元や頬に来て、ふわふわの毛が肌を撫でていく。頑張れという応援だろうか。もちろん頑張ってはいるが、内部の弱い箇所を集中的に攻められ、同時に手で扱かれて、そちらにばかり気を取られてしまう。このままだと容易く限界に達してしまいそうだ。
「だめ、もう……」
「いけよ」
「ううん。一緒の方がいいから……。その方が気持ちいい」
「ガツガツされたくなかったら、あんまり可愛いこと言うな」
「してもいいよ。俺が欲しくてそうしてくれるのは嬉しい。それと、後からいっぱい大好きってしてくれたら」
「頭を撫でればいいのか?」
「いっぱい抱っこしていっぱいキスしてくれるのでもいい」
「それくらいなら出来そうだな」
 ナジは起き上がって体勢を変え、膝立ちで再びゼノの上を跨ぐ。
 大きさ比べのように、互いの性器をくっつける。熱さと脈動をダイレクトに感じて、つい先ほどまで彼の指を飲み込んでいた場所がどくんと疼いた。
「すごい……」
「早く中に入りたくてこんなになってる」
「俺が口で頑張ったからじゃ」
「あれはまだ修行が必要だな」
「えー、駄目だったか……」
「こっちに比べれば全然」
 足を持って尻を上げさせ、ゼノの唾液で濡れた先っぽで穴をつつく。
「……俺のそこ気持ちいい?」
「ああ」
「ねえ、ほしい」
「言われなくても」
 スタートの合図のように足先へ口づけた後、ぐいっと突き入れられる。少し置いて、一気に奥まで。
「あ、はぁっ……」
 衝撃が強く、弾みで危うく放ちかけたが、何とか堪える。日頃の「待て」の訓練の成果だろうか。
「……セーフ」
「まだこれからだぞ。頑張れ」
 彼のものが、狭く柔らかな道をいっぱいいっぱいに押し広げ、引き抜かれて、また穿たれ。往復を繰り返す。
 剥き出しの肌と肌が汗で引っつき、互いの熱がうつる。
「ね、ナジさん……」
「もうちょっと辛抱しろよ。一緒の方がいいんじゃないのか」
「だって、きもちいいからぁ……」
「ああ、自分がもう限界だから、俺に早くいけって言いたい?」
 直後、腰を打ちつける間隔が明らかに短くなり、激しく、容赦にないものになる。まずい。いいところに当たりすぎる。
 早くいけとは言わない。もう少し手加減してほしいだけ。ガツガツしていいと言ったのはゼノだけれど。
「だめ! ほんとにいっちゃう」
「注文多いな」
「でも……、あ、あ、すごいっ……」
 何とか保たせようと、今まで食べた中で一番不味いもの——食べようとしていたのを忘れて放置していた野菜の酢漬け——のことを思い出そうとする。
 だが、「気持ちいい」がとめどなく湧き上がってきて、頭の中を占領し、料理の想像を簡単に掻き消してしまう。何も考えず、目の前の快感を追いたい。
 もう抑えきれずに溢れ出しそうというタイミングでナジが動きを止めたので、射精の寸前だと判断して我慢をやめた。彼の手を握り、肉体の欲求に素直に従う。一番気持ちいい時を共有するのは、触れあった場所から身も心も混ざり合うようで癖になる。
 乱れた息を整える合間、要求を一言で伝える。
「……ちゅー」
「ああ」
 足りないものを補うように唇をあわせ、口内を味わった。
 しがみついていたゼノが力を緩めると、ナジは隣へごろんと横たわる。離れているのは寂しくて、すり寄っていくと、胸の中に収まるのを許してくれた。
 彼は独り言のようにぼそっと呟く。
「あのときお前を雇っておいてよかった」
「……?」
「俺が突っぱねてたら、お前は別のやつを頼って、今頃そいつの愛人かもしれないだろ」
「なんですか、愛人って」
「リタ探しを手伝ってくれるやつなら、誰にでもやらせてたんじゃないのか? かなり切羽詰まってたみたいだから」
「俺を抱きたがる物好きなんかナジさんくらいですよ」
「そんなのわかるもんか」
「あのときは……そういう心境だったのかもしれないけど。今はちゃんと好きな人がいるから、たとえ同じ状況に陥ったとしても、誰にでも、なんてことしませんよ」
「当然だ」
 キスが来るかな、と思ったが、鼻の頭をかじられた。
「いたい」
「お前に触っていいのは俺だけだ」
「ハグは許してくださいよ」
「気に入らんが、身内のお仲間あたりならいいぞ。他は駄目。……おい、なに笑ってるんだ」
「いや、俺も同じこと思ったことあるから。誰にも触らせたくないって」
「なら、無茶な要求じゃないのはわかるだろ。守れよ」
「はい」
 こんな風になら、やきもちを焼かれるのも悪くない。
 ナジはちらっと窓の外を確認する。
「まだ日があるな。もう一回するか」
「ご飯食べに行きましょうよ。お腹空いてきちゃった」
「もっと空かせてからの方が美味い」
 腰回りにあった彼の手が這い上がってきて乳首を摘まむ。
「今度はここ」
「もう……」
 どんな風にいじめてくれるのか気になって、空腹も引っ込んでしまう。
 結局日が沈んでから、閉店間際のお昼寝子猫亭に駆け込むことになった。

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