街中で大喧嘩をしたあの一件から暫く。とある土曜日の朝。
休日が始まる流れは、大抵決まっている。最近はいつもそう。
半分夢の中を泳ぐ朝陽の上に乗っかっているのは、先に目覚めた悠宇。朝陽がぼうっとしている間に身体の下準備は終えられていて、いつの間にやら繋がっていた。
起き抜けからなんでこんなに元気なんだろう、この男は。
「寝起きの怠さの中でやるセックス最高やー。あーちゃん、ねむねむでふにゃんふにゃんやし。あ、ちんちんは勃っとるけど」
「朝からベラベラよう喋るわ……」
「休日の贅沢にテンションが上がっております! あー、今日もあーちゃんのお尻は気持ちいいー」
珍妙な歌まで口ずさみ始める。ご機嫌ちゃんで何より。だが、その歌はいただけない。
「やめい。もう、こうしたる」
両手を伸ばして彼の頭を引き寄せ、キスで口を塞ぐ。唇をちゅぱちゅぱと吸ったり、甘噛したりして感触を楽しんでいると、彼は堪えきれなくなったというふうに笑い出す。
「雛鳥さんみたいやねえ。俺のお口おいしい?」
「うーさい」
馬鹿にされたようで、やり込めてやりたくなる。朝陽だってやるときはやるのだ。
キスを深くして、足で彼の腰を引き寄せて繋がりを深くし、意識して中を締める。
「どうや」
「しぼられるぅー、こーさーん」
「ふはは!」
ただただ楽しいセックスも好きだ。
悠宇の言うところの「休日の贅沢」を堪能した後。軽いシャワータイムを終え、朝陽宅のリビングで遅めの朝食を取る。
メインは卵のみのプレーンオムレツ。お互いの分を作りっこしたのだが、どちらも形が悪く、ケチャップで落描きして誤魔化した。付け合せにウィンナー、チンした冷凍ブロッコリー。あとは、近所のベーカリーのくるみパン。
食卓に並んだ皿を、悠宇は満足げに写真に収めていた。
「これぞ同棲ラブラブカップルの朝ご飯って感じやね!」
「同棲やないけどな」
「ほぼそのようなもんやん。いっそのこと広いとこに引っ越して、一緒に住まん?」
「えー」
出会って半年で同棲か。今のままでも充分楽しいから、環境を変えたいとは正直思わない。
それに、住まいを変えづらい明確な理由もある。
「いや、ここの家賃、親に出してもろてるから……」
「新しいとこは俺が出したるやん」
「そういうことやなくて、なんで引っ越すんかとか、色々説明がややこしいってこと。てか、ゆーくん、そんなお金あるん?」
「あるある。心配しいな」
「ようバイト辞めてフラフラしてんのに、無理せんでも」
「バイトは趣味というか暇つぶしみたいなもんやもん。ファイヤーしてもええくらい貯金あんねん、ほんまに。通帳見せよか?」
「ファイヤー? ファイヤー!」
戦隊モノヒーローの真似をして技を繰り出す。幸い流されることはなかった。
「早期リタイアの方な。あーちゃんがボケんのめずらしいな」
「やらずにはおれんかった。貯金言うても、どうせ額はしれてるんやろ? 世知辛い世の中なんやから、働けるうちは働いとかんと」
「それがなあ、あんねん、ドン引きするくらい。ややこしいことになるから、人にはあんま言うてへんけど、あーちゃんやったらええかなって。じいちゃんの遺産、一部運用し始めたら成功して、なんかすごいことになった」
「うーん……、すごいことになった人がこんなマンション住む? 学生ウェルカムの1DKやで」
「ちっちゃいとこの方がなんか落ち着くんやもん。贅沢が好きなわけとちゃうし。けど、あーちゃんのためなら、駅前タワマン最上階でも芦屋一軒家でも買っちゃう」
「どっちもいらんよ」
いまいち信じられない。大袈裟に言っているだけなんだろう、きっと。悠宇にはそういうところがあるから。
朝食は残さず美味しく頂いた。
今日は久々に一緒に出かける約束をしている。朝食を片してから、悠宇は自分の部屋へいったん着替えに戻った。
さて、朝陽は何を着るべきか。決めるのにそう時間はかからない。寝室のクローゼットはスカスカで、そもそもの選択肢が少なすぎるから。
やはりこれだな。この前成瀬に選んでもらったやつ。シンプルだけど可愛くて、一番見栄えがする。
「一応デートなわけだし……」
お洒落な方がいい、うん。
着替えの最中、スマホがメッセージの着信を知らせる。おそらく成瀬からだろうと思ってチェックしたのだが。
「……あ、秀夜」
差出人は春路秀夜——弟だ。
一人暮らしをするために実家を出てきた当時、弟とはぎくしゃくしていて、気まずい関係だったのだが、こうしてメッセージのやり取りだけは続いている。
数ヶ月に一度、簡単に近況を報告し合うだけ。ほとんど毎回秀夜の方から送ってくる。
『元気?』
彼からはたった三文字。即座に返信する。
『元気。そっちは?』
『みんな元気』
一往復半で会話は終了。いつもこんなものだ。元気ならそれでいい。
気持ちを切り替え、手早く外出の準備を整える。悠宇と再合流して出発した。
案の定、彼は朝陽の変化に一目で気づいた。駅へ向かう道すがら、褒め言葉をくれる。
「あーちゃん、可愛い格好してるやん。そんなんいつ買うたん。初めて見るやつや」
「先週、成瀬と買いもん行ったときに選んでもろてん」
「えー、うそぉ、それ豚まんの見立てなん?」
「豚まんて。あのとき豚まん買いに行ったってだけやん」
「豚まんは豚まんや。あいつ、悔しいけどセンスええなあ。なあ、俺にも選ばしてえや。あーちゃんには俺色に染まっててほしい」
「まあええけど」
むしろこちらから選んでくれと頼みたい。彼の好みを知って、量産型からの脱却を図りたいところだ。
「可愛くしたげるから。まあ、あーちゃんは元々可愛くて世界一なんやけど、宇宙一くらいに」
「はいはい」
そう受け流さなければならないほど、悠宇は何彼につけて朝陽を褒めそやしてくれる。近頃は特に増えた気がしていた。
だが、朝陽はそういうことをするが苦手で、上手く返せた試しがない。今が自然にできるチャンスかも。
「ゆーくんもなんか気合入ってるやん」
「はっきり言うてくれてええんやで。さあ、恥ずかしがらんと。さあ、さあ」
「か、かっこいいよ?」
「標準語!」
「だって言い慣れへんー!」
「どんどん言うて慣れてや。俺は褒められて伸びるタイプ。どんどん褒めて育成して! 俺を最高のアイドルに!」
「なんや、あんずLINKやってんの?」
ミシロくんが登場するスマホゲーム、あんずLINK。そこで似たようなセリフを聞いた。
「ちょっとだけやってみてん。ライバルの情報収集や」
「ライバルてなあ。そういえば、髪青くしようとしてたな。思い留まってくれてよかった」
「ライバルと同じことしててもあかんって気づいてん」
「それはそう」
今の色は彼によく似合っている。あ、これも言ってあげればよかったな。言いそびれた。
電車に揺られ、一度乗り換えてから市内北方面へ。以前、南の繁華街では、大喧嘩から仲直りの過程を大勢に目撃され、非常に恥ずかしい思いをしたので、最近そちらからは足が遠のいている。
(3)とろとろミルクセーキに昔話を添えて
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