特に細かい予定を決めているわけではない。駅周辺を適当にぶらぶらすることにする。
市内で最も乗降客数の多い巨大な駅のため、商業施設は大いに充実しており、行く場所がなくて時間を持て余すようなことは起こらない。
服をコーディネートしてもらったり、悠宇の新しいピアスを選んだり、おそろいの下着を買ったり、デパートのみんな大好き物産展を覗いて買い食いしたり。デートを全力で満喫する。
小腹が満たされ、デパートから出てきたところ。悠宇がお手洗いに行くのを忘れていたと言って、また店内に戻っていったので、その間ふわふわした思いで待つ。
建物前の邪魔になりづらい場所でスマホを弄りつつ、次はどうしようかと考える。きっとどこに行っても何をしても楽しいはず。
浮かれすぎていて、自分で自分が気持ち悪い。だって、デートだし、デート。彼氏とデート。まさかこんな日が来るとは、実家にいた頃には考えられなかった。どうしよう、幸せすぎる。
心の中でだけ足をばたつかせて暴れていると、誰かの視線を感じて顔を上げた。そこには、つい数時間前にメッセージのやり取りをした相手がいた。
「……秀夜? え、秀夜だ」
記憶より少し背の高くなった弟が、ポケットに手を突っ込んで立っている。ぶっきらぼうではあるが、返事はしてくれた。
「おう」
「何してんの、こんなとこで」
「友達と遊びに来たんや」
「遠いとこまで来たんやねえ」
「別に、遠い言うても二時間ちょっとやし、来よと思たら来れる」
「それもそうか」
「朝陽は? 一人?」
「連れはおるよ。トイレ待ち」
「そうなん」
「……」
「……」
会話が続かない。前はよく喋っていたのにな。いったん拗れた関係は、なかなかに修復が難しい。
せっかく見つけて来てくれたのだし、ここは兄が頑張るべきだろう。
「最近どう。楽しいやっとる?」
「まあ普通」
「普通かあ。次、三年で受験やんな。今のうちに遊んどいたらええわ」
「ああ、うん」
また沈黙が流れる。
話題を探して頭をフル回転させているところに、割って入ってきた声があった。
「あーちゃん、お待たせー。なんかトイレ前混んでてん」
「そやったん、大丈夫やで」
「ん、あれ、友達? どうもー」
「……どうも」
愛想よく会釈した悠宇に、秀夜は不審者を見るような目を向ける。実家周辺にはいないようなタイプではあるけれど、それにしてもあからさますぎる。ああ、まあ、これはいい機会かもな。
まずは悠宇への紹介からする。
「弟やねん。秀夜っていうん。友達と遊びに来てんて」
「あー、弟かあ。道理で似てると思た」
「で、秀夜、この人、俺の彼氏。宮貴さん」
なるべくさりげなくなるように、事実を告げる。秀夜は顔に出しはしなかったが、驚いているのだろうとは思う。
「…………ふうん、不良やん」
「高校ではそうなるんかもしれんけど、おるで、これくらい」
「あっそ」
「秀夜に紹介できてよかった」
「別にそんなん聞きたなかったし。もう行くわ。友達待たしてるから」
「うん。気ぃつけてね。あんまり遅うならんと帰りや」
「わかっとるわ」
悠宇もひらひら手を降って見送る。
「またねー、秀夜くん」
「あんたとは、またはない!」
つっけんどんに言い放って、行ってしまった。
すげなくされたはずの悠宇は、朝陽の腕を掴んで声を弾ませる。
「ふふふ、あーちゃん!」
「何よ」
「彼氏って。彼氏て言うてくれた! これで弟くん公認やねえ。また俺らの仲が深まったー」
「公認してたんか、あれって」
「彼氏であること自体には反対してなかったやん。俺の風体が気に入らんかっただけで」
「んー、まあ、どっちにしろよかった。言えて」
自己満足かもしれないが、悪化してしまった兄弟関係に一区切りつけられた気はする。
普段は能天気で大雑把に見えて、今日の悠宇は鋭いようで。
「立ち入りすぎやったらごめんな。弟くんとちょっとぎこちなかったように見えたんやけど」
「わかったかあ。実は前に色々なー」
「喧嘩でもしたん?」
「そやねえ。ようある話かも。喋んのは恥ずかしいわ、なんか」
「聞きたいなあ。あーちゃんのことやったら、なんでも」
「おもろい話やないで」
「うん」
「飽きたら止めてくれる?」
「はいはい。そんな気ぃ使いな」
隠したいわけではない。打ち明けたっていい。この人には。
彼に促され、ひとまず落ち着けるカフェに移動する。カウンターしか空いておらず、アイスカフェオレを受け取ってから、並んで座った。
聞き手の負担にならないように、なるべく端的に、淡々と話すことにしよう。
「えっと……、弟とはな、前は普通に仲良かってん。休みの日によく一緒に出かけるくらいには。で、家におるときに恋バナみたいなんで盛り上がったことがあって、そんときに、俺は男好きかもってうっかり言うてしもてん。それがおかしいって言われて、俺もカッとなって言い合いになって。それだけやったらまだよかったんやけど、秀夜が母さんにも喋ったらしくて……」
チラッと彼を伺うと、頷いてくれる。
「うん、聞いてる、大丈夫」
「えっと、正直ここまでになると思てなかったんやけど、母さんとも揉めて、まあ、詳しくは省くな、とにかくすっごい揉めて、収集つかん感じまで拗れてしもて。それで、見るに見かねた父さんが、一人暮らしするかーって言うてくれてん。家と大学が近かったから、大学も別のとこに入り直した」
「ああ、だから大学一年遅れなんや。浪人したんかと思てた」
「せや」
成瀬は一年浪人していて、初めは一年遅れ同士という仲間意識で仲良くなった、という経緯がある。
「そっかそっかー。あーちゃんも色々大変やったんやねえ」
髪を撫でてくる掌が、ひときわ優しく感じる。気遣いには素直に甘えておくことにする。
「一人暮らし始めてから、秀夜からは時々メッセージが来てて、多分、あの子なりの『ごめん』ってことやと思うんや。今日は久しぶりに会えて、ゆーくんのこと言えて、すっきりした」
「ええ笑顔。俺もうれしい」
「こっちに出てきて、お仲間の成瀬にも出会えたし、もちろん、その、彼氏もできたし、人生変わったなあって。俺、生きてきて今が一番楽しい」
「そんなん俺もやーん。大事なもんできるだけで、こんだけ人生楽しいんやって毎日思てるよ」
「ゆーくんはずーっと楽しそうやん」
「俺かって色々あったしー」
ぎゅっと抱きしめ、頭に頬をぐりぐり押しつけてくる。
「あうー」
「かわいーかわいー攻撃!」
「やめーい! さすがに目立つ」
「こんぐらい普通やって」
「そうなん? そうなんかなあ」
「晩ご飯はええとこ予約してるから。美味しいもん食べさしたげる。それまで俺はあーちゃんを吸う。あーちゃんはおやつ」
「ぎゃー」
つむじの匂いを思い切り吸い込まれ、逃れようとばたばたもがく。
そんな充実した休日の、ご機嫌な一幕。
(3)とろとろミルクセーキに昔話を添えて
1 2