1-(7)依存

 キスしかしていないのだから当然かも。しっかり興奮を示している自分が恥ずかしくなったが、これも体液依存のせい。だから仕方ない。そういうことにしておく。
 匂いに引かれ、しゃぶりつく。下品な音を立てながら、唇で扱いたり舐めたりしているうち、質量も硬さも増してくる。張り出した先っぽ、血管の盛り上がりまで、溜息が出るほど魅力的に思えた。
 滲んでくる先走りは、唾液より美味しくて、酔いそうなくらい。啜って吸って、まだ足りない。口から溢れるくらいたくさん欲しい。
 何かに取り憑かれでもしたように航が熱中して味わうのを、ヨマはしばらくただ見ているだけだったが、手持ち無沙汰になったのか、サイドテーブルの引き出しから小瓶を取り出す。そして、中身のオイルを尻に垂らし、再び穴の口を弄り出す。時折、もう片方の手で気紛れに髪や背中を撫でていた。
「このまま飲むか、尻に欲しいか」
「飲みたい……、あ、けど」
「尻に注いだ方が吸収率がいいから、体調回復という目的ならそちらの方がいいとは思うが」
「なら入れて……? どっちでもいい。はやく」
「足を開け。いつものように」
「はい」
 名残惜しくて、立派に育ったそれに最後に一回キスして、しばしお別れ。仰向けに寝転がって大きく足を開き、秘部を晒す。
 膝立ちになった彼に、両足を掴んで引き寄せられ、今度は宛がわれた先端とアヌスがキス。ぐっと力がかかる。入らないほどではないが、慣らし足りなかったのか少しきつい。
「おっきいぃ……」
「じきに馴染む」
 少々強引に押し込まれる。圧迫感と共に中が埋められていくにつれ、心の隙間まで満たされていくような錯覚。ほら、今日の航はおかしい。
「こら」
 尻を叩く音が響く。音はいいのはオイルのせいで、別段痛くはない。もっと強く叩いていじめられるときもある。それもそれで気持ちいい。
「嬉しいのはわかるが、そんなに食い締めるな」
「だって……」
 どうしようもない。だって欲しくて欲しくてたまらないんだから。
「動いて、動いて」
 腕を握って催促する。初めは焦れったいくらいゆるゆると。次第に航の好きなリズムに変わっていく。
 もっと激しくてもいいけれど、このくらいの方が身体に負担は少ない。振り回されずに悦さに浸っていられる。
 欲を言うなら——。
「口も。ねえ」
「今日は注文が多い日だ」
「口も、口もー」
「わかったわかった」
 顔が近寄ってきたので、こちらから迎えに行って唇を重ねる。また唾液をもらった。
 はっきりとわかる。今日は航の望むように合わせてくれているのだ。こんなの、おそらく彼には物足りない。
「なんで。やっぱ優しい……」
「病人の看病みたいなものだからな。そもそも、いつも優しいんだが」
「縛りつけたり踏んづけたりするのは優しくないと思う……。いつもはそんなのばっかり……」
「あれは躾の一環だ」
「八つ当たりじゃなくて?」
「生意気だな。ひどくしてほしいのか?」
 興奮で赤く色づいた乳首を摘まみ、抓る。そのわずかな痛みも快感として拾ってしまう。
「あんっ……」
「感じているじゃないか」
「やだ。いい子にするから、もっと」
 優しくしてほしい、今日は。首に腕を回し、喉元に頭を擦りつける。
 彼は若くしなやかな髪に指を潜らす。
「いつもそうしていれば可愛いのに」
「ヨマ、ヨマぁ……」
 甘く啼いて、ゆったりとした動きに身を任せる。たまにはこういうのもいいな。ただただ気持ちいいだけなの。
 時間を掛けて上りつめ、中にたっぷり出してもらう。充足感、あるいは多幸感で胸がいっぱいになり、うっとりと腹をさする。
「たくさん……」
「お前は出さなかったのか」
 確かにオーガズムは感じたはずだが、撫でている腹の上に精液は飛んでおらず、性器は慎ましく萎んでいた。
「ほんとだ。でも……、すごくいい。まだ気持ちいい」
「いいならいいでよかったが、こちらの舐める分が無いな」
 余韻は楽しませてくれないようで、すぐに抜けていく。締めているつもりでも、だらだら零れてきてしまった。
 ヨマはそそくさとベッドを降り、航を横抱きにする。両腕にすっぽり包まれて、なかなか心地がいい。
「顔に血の気が戻ったようだ。まだ頑張れるだろう」
「あんたの部屋行くの?」
「ここでは気が散るからな」
「……?」
「侵入者がいる」
「……え」
 まったりとした雰囲気を一変させる、その言葉。足下に向かって、淡々と彼は言い放つ。
「五秒以内に出てこい。なるべくならこの部屋を血で汚したくない」
 直後、ガタガタと物音がし、慌てたようにベッドの下から何か出てくる。ランプの明かりに照らし出されたのは、痩せてボサボサの髪の若い女。知らない人——人だ。耳が尖っていない。
「ごめ、ごめんなさい。私……」
 ひどく声が震えている。
 いつからいた? ずっといた? 航を眠りから目覚めさせたあの物音は、もしかして彼女が立てたものだった?
 ヨマは冷え切った侮蔑の視線を女に向ける。
「こいつを殺して、自分が成り代わろうとでも思ったか」
「違う、そんなつもりは」
「武器を持っているのに?」
「……」
 カランカラン、女がなにかを落とす。暗くてそれが何なのかまでは確認できなかったが、金属音ではあった。
 危険がすぐ側まで迫っていたのだと知り、無意識的に庇護者の胸にしがみつく。
「尋問の時間も惜しい。……おい」
 ヨマが部屋の外に向かって呼び掛けると、配下の内の誰かであろう、野太い男の声で返事があった。
「はい」
「言いたいことはわかるな」
「……申し訳ありません。目を離した隙に……。敷地内から逃がさなければそれでよいかと思い……。まさかこんなことまで」
「黙れ。見苦しい。管理ができないなら、さっさと縊るなり森に捨てるなりしろ」
「明朝必ず」
「あ?」
「今すぐやります!」
「お前の処分はその後だ」
「……はい」
 緊迫したやり取りを、固唾を呑んで聞いていたに違いない女は、取り乱して叫ぶ。
「待って! 嫌、嫌よ! 殺さないで!」
 こちらに取りすがってこようとする彼女を、室内に入ってきた配下の男が羽交い締めにして止める。
「おい、やめろ!」
「仕方ないじゃないの! もう限界なのよ。昼も夜もなく毎日ずっと。ろくに休めもしない。あいつら皆乱暴で、どこもかしこも傷だらけだわ。城主に気に入られたら、大勢の相手はしなくていいって聞いたから……。こんなガキより私の方が」
「ごちゃごちゃ喋るな! お前が余計なことをしたせいで、こんなことになったんだぞ!」
 男の怒声が響く。
 彼らに背を向け、ヨマは部屋を出た。

 主寝室まで運ばれている途中、尋ねる。
「……あの女の人が『にゃんこ』?」
「何だ、それは」
「罠で捕まって異界から来た人?」
「ああ」
「殺すの」
「さて、どうなるか」
「いや、縊るか森に捨てるかって言ってたよな。どっちにしろ死ぬじゃん」
「まあな」
 死ぬんだって。可哀想だな、可哀想、とても。
 そういえば、ベッドの下でずっと他人の情事を聞かされていたのか。いるのに気づいていたのなら、先に追い出してやればよかったのに。見つかったら殺されるかもしれないという状況で延々とあんなのを聞かせられて、あの人、どういう心境だったんだろう。
 あれこれ思いを巡らせているうち、目的の部屋に到着、ベッドに寝かされる。重なる身体。キスの間も、航はどこか上の空だった。
 それに彼が気づかぬはずはない。両手で航の頬を挟んで自分の方を向かせる。夜の暗がりの中で、いっそう黒い瞳の色。航も先祖代々黒だが、それより黒い。月も星もない夜空のように、混じりけなく純粋で、他の全ての色を自分の色に変えてしまう。残酷で恐ろしいけれど、綺麗。
 ぼんやりと見返す航に、彼は問う。
「どうした」
「……何が」
「別のことを考えているな。同情でもしているのか。自分を殺そうとした女に」
「同情っていうか……。俺もいずれあんな風になるんだろうなって」
 今は気に入られていたって、それがずっと続くはずはない。飽きられて鳥籠を出された者の末路は、縊り殺されるか、魔獣の跋扈する森に捨てられるか。救いのない真っ黒な未来。
「せめて苦しまずに死にたいなあ」
「……」
 ヨマは挟み込んだ頬をぐりぐりと捏ねる。
「にゃに」
 それには答えてくれず、また軽く唇があわさる。何度も、何度も。
 なぜ肯定も否定も返ってこないのだろう。
「……ねえ」
「死なせたくはないな」
「だからそれは、『今は』だろ」
「そうなのか」
「俺に聞くなよ」
「ずっと飼っていたい。消えるのは許せない」
「ずっとなんてないよ」
 これまで、何人攫って、何人捨ててきたの? 航もその一人になるだけだ。
 彼の声色になぜか不機嫌が混じる。
「……そういうところは気に入らないな」
「思い通りにしたければ、もっと優しくしてよ」
「これ以上どう優しくしろと?」
「セックスだけじゃなくて、他のことでも。大事にして。宝物みたいに」
「宝などない」
「俺をそうすればいいよ」
「……」
 調子に乗るな、と言うように鼻を摘まんでくる。
「言ってみただけ。本気じゃないって」
 彼の背に腕を回し、引き寄せた。
「考えるの嫌だな、もう。疲れた」
「……そうか」
 最期は絶頂の恍惚の中がいい。

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