(小ネタ13)ハッピー・ウェディング

 亨は式の入場時の写真まで戻す。お気に入りか?
「大判サイズのパネルにして部屋に飾ろう」
「大判ってどのくらい?」
「A0とか」
「A4とかA3とかのA0? 聞いたことねえわ」
「だいたい長い方の辺で120弱くらいだったかなあ」
「ミリ?」
「センチ」
「120センチって小学生の身長ぐらいあるじゃねえか。どこに飾るんだよ」
「リビングの壁の絵を二枚くらいどかせば大丈夫」
「やだよ。邪魔だし、恥ずかしい。普通の2Lサイズにしとけよ」
「妥協してA1」
「A0の半分? それでもデカいわ」
 いらなくなったら処分に困りそうだし、なんとか阻止しなければ。
 A1を譲らない亨と揉めていると、部屋の入り口から声がかかる。
「あの、よろしいでしょうか?」
 今日一日世話になった女性スタッフだ。亨が立ち上がって対応する。
「はい。あ、時間ですか?」
「いえ、まだ使っていただいて結構なんですが、お電話が入りまして。新郎様のお兄様から」
「兄……?」
 ぎくりとする。充が? いったい何の用だ。今日も参列はせず、絶対に邪魔立てはさせないと亨の両親も言っていたのに。
「お子様……男の子の方が迷子になってしまって、探していらっしゃるそうなんです。こちらの会場に戻っていないかお尋ねになっていました。スタッフも今探していますが、新郎様からもお電話がほしいと」
「兄って、あれですか。今日出席していた?」
「さようです」
 今日出席した兄、ああ、兄嫁の方のことか? 兄嫁=義理の兄だから、お兄様ということで間違ってはいないのか。
 亨はしばらく放ったらかしにしていたスマホを取る。
「ああ、あいつから着信入ってる」
 また深香が探検にでも出かけたのだろうか。式、披露宴中はおとなしくしていたようだが。
 亨が兄嫁に架け直している間、廊下に出る。楓もその辺を探してみよう。すると、それを待っていたかのように、藤谷が元野球部らしくきびきびと走ってきた。
「せんぱーい、ちょうど呼びに行こうと思ってたんです。ちょっと来てください」
「何だよ。こっちはトラブル発生して立て込みそうなんだよ」
「もしかして、伊崎さんの甥っ子ちゃんのこと?」
「え、なんで」
「それならこっち。とにかく来てください」
「見つけたのか? 待って。亨に」
「伊崎さんはいない方がいいです。早く早く」
 あろうことか藤谷は楓の背中をぐいぐい押して走らせ、いずこかへ急ぐ。こっちは妊婦だ。胎教だの何だの心配するくらいなら、もっと丁重な扱いをしてほしい。
 庭園を望む、全面ガラス張りの休憩スペースまで来て、藤谷は止まる。そこには桜と、そして深香の姿があった。深香はこちらを見るなり駆け寄ってくる。
「かえで!」
「おい、何やってんだ。母ちゃんが探してるぞ」
「ぼく、かえでに言いたいことがあって。言えないまま帰るのイヤで」
 なにやら生真面目な面持ちになって、もじもじし始める。
 深香の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「なんだよ」
「……おめでとう」
「おう」
「あと、これ」
 手に持っていたものを差し出してくる。二つ折りにした画用紙だ。受け取って広げてみると、折り紙で折った色とりどりの花が貼り付けてある。クレヨンでメッセージが添えられていて、『かえでへ おめでとう』と読めた。
「深香が作ったのか?」
「うん。幼稚園の先生に教えてもらった」
「上手にできたな。大変だっただろ。嬉しいよ。ありがとう」
「ほんと? うれしいの?」
「ああ」
「やったー!」
 頭を撫でてやると、深香は曇りのない清らかな笑みを顔いっぱいに浮かべた。母親に黙ってここまで来たのは「悪いこと」ではあるのだが、叱る気もなくなってしまう。
 少しでも彼の気持ちに応えてやりたくなった。今できるのはこれくらいしかないけれど。
「なあ、深香も一緒に写真撮るか?」
「かえでと? とる!」
 スマホを出そうとズボンのポケットを探すも、ない。先ほどまでいた場所に置いてきてしまったようだ。
 藤谷が手を上げる。
「俺、インスタントカメラ持ってますよ」
「じゃあ、それで撮って。すぐ渡してやれるしな」
 隣り合って楓がかがみ、ツーショット撮影。カメラが吐き出した写真用紙を、藤谷は受け止める。
「ちょっと待っててね。現像に一、二分かかるから」
 深香は興奮気味にこちらを見上げる。
「かえで、かえで、ぼくたち、シンセキになったんだよね」
「そうだよ」
「なら、また会えるよね」
「そうだな。会えるよ」
「よかった!」
 なんて無邪気なんだろう。どうかこのまま素直に育ってくれと願うばかりだ。
「あのー」
 一連のやり取りを隅で見守っていた亨は、控え目に口を挟んでくる。
「そろそろお母さんに報告してもいいかな」
 途中から来てなかなか輪に入れず、話が一段落するまで待っていたようだ。視界の端っこに映っていたので存在に気づいてはいた。
 楓は深香に向き直る。
「母ちゃんが心配してるから連絡するぞ。後でちゃんと謝っとけよ」
「おこられるかなあ」
「当然だろ。母ちゃんを心配させたら、きっちり謝るのが紳士」
「……わかった」
「深香くん、はい、これ」
 撮ったばかりの写真を、藤谷が渡す。
「わあ、かえでとぼく! ありがとう!」
 深香はそれを宝物のように胸に抱いた。
 電話するとすぐ薫が飛んできて、深香を連れ帰っていった。去り際、深香は名残惜しそうに、ちらちらこちらを振り返っては手を振っていた。
 
 
 探してくれたスタッフに改めてお礼を言った後。桜がパンパンと手を打ち合わせる音が廊下に響く。
「さあ、そろそろお開きにしましょうね。疲れてるでしょう」
「そうだな。疲れた」
 睡眠不足だし、緊張したし、結構動き回ったし。
「まあ、いい結婚式だったわね。宣誓文カミカミだったのは面白かったけど」
「うるさい。忘れろ」
「伊崎くん、これまでも散々世話になってるけど、改めまして弟をよろしくお願いね」
「当然です。命に替えても守る覚悟です」
「くさいこと言ってんじゃねえよ、バーカ」
「先輩、またバカって言ってる! 駄目ですってば」
「うるさいうるさい、バーカバーカ」
 照れ隠しの悪態。藤谷は桜に「先輩がひどいんです」と訴えていたが、楓の口の悪さに慣れている桜は取り合っていなかった。
 彼らには先に帰ってもらい、楓たちは着替えがあるため、控え室に戻った。
 脱いだジャケットをハンガーに掛けながら、亨は言う。
「いい結婚式だったって。よかったね」
「お前の親は不満だったみたいだけどな」
「なんでうちのホテルでやらないの?って言いたいんだろ。放っときゃいいよ。俺は全部自分たちでやりたかったんだ」
 自分たち、というか、準備したのはほぼ亨で、その手伝いは藤谷がしていた。楓は悪阻でへばっていて気力が湧かず、ほとんど参加していない。
 おそらく、伝えておいた方がいいのだろう、こういうことは。どんどん普段着に戻っていく亨を横目で見る。
「ありがとな」
「どういたしまして」
「それと、服、似合ってたぞ。それなりに」
「それなりですか」
「んー、まあまあ? なかなか?」
「どっちにしろたまに誉められると嬉しいね」
「そうか」
 今日、皆に祝福される機会になったのはよかったと思うし、一つの区切りになったのもよかったと思う。
 いつもより少しだけゆっくり着替えを済ませ、非日常の幕引きをした。

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