(番外編)恋しいのは

「君が悪い。この距離でそんな匂いさせて。しかもどんどん濃くなってる。鼻摘まんでなきゃ襲いかかっちゃいそう」
 欲求不満のときや、性的に興奮しているときほど、伊月の匂いは強くなるらしい。今日は何もせず寝ると決めたばかりなのに、無意識のうちに匂いで誘っていたようだ。
 匂いの止め方など知らないので、陽介の方で防いでもらおう。ポケットを探る。
「ティッシュは……」
「出さなくていい。鼻に詰めたりなんかしないからね。さっさと食べて、さっさと帰ろ」
 陽介の手が伊月の腰をさっと撫でて離れる。それだけ身体の奥に隠した淫奔な欲の火が燃え上がりそうになる。
「……ここではやめろってば」
「露骨に匂いが濃くなったね。そんなにしたい?」
「無理させるつもりはないから安心しろ。今日は我慢するから煽んなよ」
「我慢できるの? 僕は無理だね。早く伊月のとろとろになったとこに突っ込んで、思い切り腰を振りた——」
「だから、やめろってば!」
 リアルに想像できてしまったではないか。暴走しそうになる情欲を、渾身の力で押さえ込み、駅出口に向かって歩き出した。
 帰るまで我慢なんてできるだろうか。

 駅前のファミレスで夕食を取る。平日は学生たちで賑わっているのだが、今日は土曜日で、夕飯時を過ぎていることもあり、ちらほら若いカップルと家族連れがいるだけだ。
 早く出てきそうなものを注文し、あまり会話無く、黙々と食べ進める。早食い大会の勢いだ。「お互い早くやりたいというのが丸わかりで、ムードもへったくれもない」と陽介はぼやいていたが、ファミレスでムードを求めるのは間違っていると思う。
 パパッと食事を終わらせ、陽介宅まで戻ってくる。むらむらが限界まで溜まって、ほんの少しの刺激で溢れ出しそうだ。
 玄関で靴も脱がずに抱き寄せられ、熱烈なキスを受けた。
「んっ……」
 久しぶりに間近で嗅ぐ彼の匂いは、セックスの真っ最中のように濃くて、淫らで、とびきり甘い。
 彼の股ぐらのものが反応を示しているのを、布越しでもはっきり確認できた。少し背伸びをして、自分のものを彼のそれに擦りつける。
「……帰ってくる間に、もうパンツ濡れてて気持ち悪い」
「それは大変。早く脱がなきゃ」
「うん……」
「そんなにされちゃ動けないよ」
「やだぁ」
 抱きしめる腕を緩めた陽介にしがみつく。くっついていたい。離れたくない。もっと甘えたい。やっと二人になれたのに。
 彼は子供をあやすように、伊月の背をトントンと叩く。
「ほら、ベッド行くよ。今でこんなだったら、発情期はどんな風なんだろうね。恐ろしい」
 靴を脱ぐのを手伝ってもらい、半ば抱きかかえられるようにして寝室に連れて行かれた。
 手早く着衣を全て脱ぎ去って、ベッドに上がる。陽介はというと、クローゼットからハンガーを取り出して、ジャケットを掛けている。そんなの、後からでもいいのに。
「おそい!」
「ちゃんとやっとかないと皺になるから……」
「いいよ。先に始めてるから」
 すぐに受け入れられる支度を整えておくことにする。
 四つん這いになり、頭を下げて尻を上げる。指で触れると、欲深い穴は蜜がしたたるほどに濡れていた。その口は慣らすまでもなく大分柔らかくなってきていて、すんなり伊月の指を飲み込んでいく。
 舐めるような視線を感じて、さらに肌が熱くなる。
「いい眺め。僕のいない間、そんな風にオナニーしてたの?」
「ん……。一回だけ。木曜日のあの時……。結局いけなかったけど」
「いきたい?」
「いっぱいいきたい。……それで」
 下着を取り去って現れた彼の逞しいものを、目線で指し示す。早くほしい。早く頂戴。なんて美味しそうなのだろう。充分に潤って蕩けたこの穴の中で、思う存分しゃぶりたい。
「誘うのも上手くなっちゃってまあ」
 陽介もベッドに乗り上がってくる。辛抱ならずに、彼の肩を掴んで押し倒し、腹の上を跨いで膝立ちになる。
「……積極的な子は嫌い?」
「大好物かな」
「よかった」
 すでに硬くなって角度のついた彼のものに、自ら尻を擦りつける。上下に動くたびに、伊月の股ぐらの茎も揺れた。これまでしたことのない卑猥ではしたない行為にも、何ら抵抗は感じなかった。それほどまでに飢えていた。
 彼は口元に好色な笑みを浮かべると、伊月の痴態をじっと鑑賞する。
「やらしすぎ。暴発しそう」
「だめ。ちゃんと中で……」
「中では出さないからね? スキンつけるから待って」
 陽介は身体をひねって、サイドテーブルからスキンの箱を取る。そのまどろっこしいものが邪魔だと、常々思っていた。
「俺、できにくいって言われてるし、大丈夫じゃない?」
「あくまでも、通常のオメガに比べての話だろう。オメガの妊娠率ってすごいんだからね。それに、僕たちは特別に相性がいいんだよ。何の相性かって、とどのつまり子作りの相性ってことだし」
「ああ、この匂いを嗅ぐとやりたくなるのはそういうわけか。お前は相性がいい、子供作ろうっていってフェロモン大放出して誘うのか。すごい原始的だな……。というか、動物的?」
「本能に抗わずにやることはやるけど、避妊はしようね。ほんとにできても、今は育てらんないだろう」
「うん……」
 彼の言うことは確かに正論だ。場に流されてやるべきことではない。素直に聞き入れることにして、前々からしてみたかったことをお願いしてみることにした。彼が手にした小さな四角い包みを奪う。
「俺がつけたい。いい?」
「いいけど、ストックあんまり無いから、失敗しないでよ」
「あと何個?」
「十個ぐらい」
「さすがに足りるだろ」
「と思うけど、明日の朝の分も要るから」
 朝もする気か。うん、いい。望むところだ。
「まあ、がんばる」
 陽介の両足の間に入り、封を切って取り出したスキンを慎重に被せていく。反り返ったものを透明の膜が覆う。丸い先端も、張り出した笠も、太い幹も、大好きな愛おしい形。口内で頬張りたくなってくるが、それより早く中にほしい。
 再び彼の腹に乗り、彼のものを握って穴にあてがう。
「いきなり?」
「すぐほしい。だめ?」
「まあ、どうぞ」
 握ったまま腰を落とす。自分自身を焦らすようにゆっくりと。
「あっ……ん」
 狭い道が押し広げられていく。切望していた感覚。
 全部収めきる前に出し入れを開始する。段差の部分で、女の部分へと続く入り口を刺激する。自分の指とは比べ物にならない。これがほしかったのだ、と夢中で腰を振る。
「いい……」
「それは何より。……よっと」
 陽介は予告なく肘をついて身体を起こした。向かい合わせになり、腰を引き寄せられたものだから、いきなり奥まで穿たれ、息をのんで背を反らせる。
「あ……っ」
「軽くいった? 締まったね。でも、リードするつもりがあるなら、自分一人だけで楽しもうとしてたら駄目だよ?」
「……あ、やだった?」
「嫌ではないけど、置いてきぼり感がすごい」
 確かに、伊月は自分がほしいほしいというばかりで、自慰行為と同じだったかもしれない。目の前にこの人がいるのに。ごめんね、の意味を込めて、陽介の首に腕を回して抱きしめた。
 彼は伊月の尻を掴んで持ち上げる。
「ほら、動いて」
 彼の手に合わせ、腰を動かす。膝の上に抱っこされて、身体と身体が密着していてすぐにキスできる、この体勢は好きだ。
 伊月の胸で淡く色づいた突起を指で弄りながら、彼は首の薄い皮膚を舐め上げる。腰の辺りがぞくぞくし、甘美な震えが背を這い上がってくる。
「あ、またいった。可愛いね。気持ちいい?」
「うん……」
 甘えかかるように陽介の艶やかな髪に頬を擦りつける。自然にするりと口から出た。
「……大好き」
「電話で約束したやつだね」
「約束とか関係なくて……。会えなくて寂しかった」
「お尻が?」
「それもだけど。いじわる……」
「さっきの、もう一回言って」
「大好き。好きって口に出すだけで気持ちいい……」
「伊月、好き、大好き。あ、ほんとだ」
「言われても気持ちいい」
「みたいだね。中きゅんきゅんしてる」
 柔らかな肉の壁に締め付けられて、伊月の中にいるものが大きくなったのがわかった。
「僕もそんなに余裕があるわけじゃないから……」
 伊月の腰を支えながら、下から突き上げられる。いつもより奥を攻め立てられて、「気持ちいい」が後から後から追いかけてくる。
 陶酔に飲み込まれるのに身を任せ、我を忘れて溺れるのだって怖くはない。いつだって引っ張り上げてくれる手があるから。
「ごめん、もういくよ?」
「はぁ……、やっ、あ、あっ……」
「……て、聞いてないか」
 不意に動きが止まり、キスをされている最中、中を埋めるものが脈打って精を吐き出す。
 しばらくして脈動がおとなしくなった後、荒い息が収まるのを待たず、すぐにずるりと出ていった。それを寂しく思いながら、伊月はひんやりしたシーツに気怠い手足を投げ出して、だらりと仰向けになった。
 陽介を見上げると、彼は使用済みのスキンを捨て、新しいものに付け替えていた。まだ勢いは衰えず元気に上を向いている。さすが。伊月だってまだ足りない。
 しどけなく足を開く。
「来て。いっぱいほしい……」
「もちろん」
 恋しい思いを募らせた分、何度だって繋がりたい。

 翌日、陽介からもらったお土産は、缶に詰められたナッツ入りクッキーと半袖のTシャツ三枚だった。
 Tシャツの方はお揃いらしい。
「ペアルック……」
「家の中だったらいいじゃん。きっと君にも似合うよ」
「まあ、あんたがよければいいんだけど」
 伊月は特に着るものにこだわりはない。大学にペアルックで行くのはさすがに勘弁願いたいが、普段着なら問題ない。
 荷解き手伝いをした後は、休日の午後のひとときをゆったりと過ごした。

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