(番外編)初めての夜のこと

 これは甘えられている? つまりは頼られている、必要とされている、ということだ。アルにはいつももらってばかりだから、彼のためにリタが出来ることは何だってしたい。
「やめなくていいよ。好きなだけ触って」
 アルの手を掴み、シャツの裾から中に入れさせる。だが、彼は左手を腹の辺りに置き、右手で獣の耳を弄ることしかしない。性的な雰囲気になるのを避けたいのかもしれない。本当にただ触りたいだけ。
 少しがっかりしたが、性欲関係なく人肌に触れたくなる、そういう気分の時があるというのは理解できる。リタにも経験はあるから。
「素肌っていいよね。なんか安心する。嫌なことあっても、誰かの温もりを感じていれば、ぐっすり寝られたり」
「誰かと肌と肌で慰めあったことが?」
「やだなあ、違うよ。僕の故郷はここより暑くて、孤児院では皆薄着で、寄り集まって寝てたんだ。皆一人で孤児院に来るけれど、あそこにいれば一人じゃなかった」
「好きな子はいた?」
「えー、なにその質問」
「単なる好奇心だよ」
「孤児院の仲間は皆好きだよ。今は会えないけど、皆どこかで元気にやってるんだと思ったら、自分も頑張れる」
「仲間や家族としての好きって意味で聞いたんじゃないけど」
「わかってる。初恋的なことが聞きたいんでしょ。内緒だよー」
「気になるなあ。リタが初めて好きになった人。男? 女? それだけでも」
「男」
「孤児院の仲間?」
「そう。面倒見のいい皆のお兄さんみたいな……。って、言っちゃったよ、もう」
「その人にもこんな風に触ってもらった?」
「くすぐりあいっこはよくやった。なんであんなにドキドキしたのか、あのときはよくわかんなかったけど、後から考えてみれば好きだったんだなってぐらい」
「へえ」
 アルの声に棘を感じ、身体をもぞもぞ回転させて彼の方を向く。こんなくらいで臍を曲げられるなんて理不尽だ。
「なんか怒ってる? アル、過去にいっぱい恋人いたよね? 僕は付き合ってすらなかったんだよ」
「いっぱいってほどじゃ」
「クリスが言ってたもん。アルは優等生だったから、学生時代に下級生からモテモテで、美少年を食べ放題だったって」
「大袈裟だな、あいつは。アプローチがあっても厳選してたから、恋人だった子の人数はそんなに多くないよ。僕は性格に問題があるみたいで、わりとすぐ振られたし」
「厳選した美少年って、なにそれ、すごく嫌」
「彼らより君の方がずっと魅力的だよ」
 ——魅力的ねえ……。
 手櫛で髪を梳かれて甘ったるく囁かれたって、ご機嫌取りのためとしか思えない。こういうことをしておけばリタは喜ぶと知っているのだ。確かにリタは単純だから嬉しくはあるのだが、今は言いくるめられてなるものか、という気持ちになる。日頃の不満が溢れ出す。
「でも、その人たちとはエッチしてたんでしょ。ちゃんとしたエッチ。僕にはしてくれないのに」
「そんなにしたいの?」
「したいっていうか……。いや、してみたいけど、それより、アルがしたいって思ってくれないのが嫌。僕が魅力的ならしたくなるはずなのに」
「したくないわけじゃないよ。でも、無理して痛かったら可哀想だから。身体の関係を焦ってもいいことないよ」
「ちょっとぐらい痛くても平気だもん」
「どっちも気持ちよくないと意味ないだろう」
「……もういいよ。アルのバカ」
 なぜわかってくれないのだろう。また背を向けて膝を抱える。
「リタ、こんなことで拗ねないで」
「拗ねてないもん」
「僕は君にも振られちゃうのかな。今度こそ大事にしたいと思ってたんだけど。僕にこんなに優しくしてくれる子も、優しくしたい子も、多分この先出てこないだろうから」
「……」
「リタ、キスしたい。おやすみのキス」
 襟足に吐息がかかる。たったそれだけでぞくぞくしたことを悟られないために、尻尾をバタバタさせて押しのけようと試みる。
「リタ、こっち向いて」
「……」
「可愛いリタ」
 反抗的な尻尾を捕まえられ、髪、それから耳、うなじにキスが落とされる。欲を溜め込んだ身体は、いとも容易く従順になろうとする。リタからもキスしたい。舌で口内の熱さを感じたい。はしたない願望が湧く。いつもいつもリタは降参が早すぎる。
 辛抱ならずにアルの方へ向きを変える。近づいてくる唇を避けたりはせず受け入れた。軽く触れあわせるだけにとどまらず、アルの舌が口内に押し入り、リタの舌を絡め取って吸い上げる。無防備で敏感な箇所同士の触れ合い。快感の共有。これだけでセックスみたい。
 唇が離れていったとき、名残惜しくてつい追おうとしてしまう。暗がりの中でそれを笑われた気がして、力なく彼の胸を叩く。
「こんなのおやすみのキスじゃない……」
「嫌だった?」
「そんなわけ——」
 再度唇がキスで囚われる。ズボン越しに尻を撫でられ、指が尻たぶの谷間に潜む穴を押した。
「やっ……」
「リタのここ、よくほぐしてあげるとね、あったかくてとろとろで、僕の指を舐めるみたいに絡みついて、きゅうって締め付けてくるんだ。ここに突っ込んだらどんなに気持ちいいんだろうって考えないはずないよね」
「入れていいって、僕は何度も」
「……うん、そうだったね」
 彼は穴の表面をくすぐるように撫でる。確実にリタの情欲を煽りにきているとしか思えない。無意識に腰が動いてしまう。
 どうやら気が変わったらしい。「性的な雰囲気」になってもいいようだ。——どうして? さっきのキスで火がついた? それとも、リタの初恋の人へのやきもち、とか。 ううん、今は理由なんていい。
 彼の頬に鼻先を押しつけてねだる。
「お尻じんじんする……」
「可哀想に。治してあげようね」
「僕を大人にしてくれるの? その、指じゃなくて……」
「……そうだね。そろそろ試してみてもいいかなあ。もともとそのつもりで慣らしてきたんだし」
「ほんと?」
「なんでかな。君の初めてが無性にほしくなった。いい?」
「もちろん!」
 ついに、ついに、待ち望んでいた機会がやって来た。リタの粘り勝ち。言い続けた甲斐があったというものだ。
 アルは起き上がって、ベッドの上に座る。
「服脱いで、お膝においで」
「はーい」
 言われたとおり、嬉々として身に付けているものを全て脱ぎ去る。
「アルは?」
「脱いだ方がいい?」
「うん」
 これから愛し合うのだから、お互い身一つでないと。
 裸になったアルの膝に、向かい合わせで乗っかる。太股と尻に触れるアルの肌。重なった部分から生まれた熱が飛び火し、頬を火照らせる。
 位置が高くなって窓に近づいたおかげで、月明かりに照らされたアルの表情がはっきりとわかった。深い色の瞳がリタをまっすぐ見つめている。ドキドキしすぎて心臓がどうにかなってしまいそうだ。
「まずはリラックス、ね」
 アルは胸元に顔を寄せ、控え目に存在を主張している乳首を咥える。
「おいしそう」
 唇に挟んでもぐもぐ。食べているつもりらしい。それだけならくすぐったいだけだが、口に含んだまま舌先を小刻みに動かされ、同時にもう片方の乳首を二本の指で挟んで捏ねるようにされると、漏れる吐息まで濡れてくる。
「はぁ……ぅ」
「君を触ってるとすごく癒される」
「いっぱい触って……」
 触れられた部分から広がる熱で、この人のことも溶かしてしまえればいいのに。
 胸を弄られているはずなのだが、それが良ければ良いほど、別のところが疼いてたまらなくなってくる。何とかしてほしくて、彼のまっすぐな髪を掴んで訴える。
「アル……、あの」
「ん?」
「じんじんするから、早く……」
「我慢できなくなっちゃった?」
「……うん」
「わかったわかった。じゃあ、どうしようかな。このまま後ろに倒れられる?」
「このまま後ろ……」
 これまでされたことのない指示だ。とりあえず、思いついたようにやってみる。尻を彼の膝に乗せたまま、手をついて後方に体重をかけ、背中をシーツにつける。
「これでいい?」
「そう。上出来」
「ん、これって……」
 普段隠している場所が、アルからは包み隠さず丸見えでは? 夜だから大丈夫か? いや、心なしか、外から差し込んでくる月の光が先ほどより明るくなっているような。不思議だ。まだ真夜中で、朝は遠いはずなのに。
 両手を精いっぱい伸ばしてガードしようとするも、払いのけられる。
「今から何をやるのか知ってるよね?」
「でも、そんなに見なくったって……」
 視線が突き刺さってくるようで、じりじりと熱い。恥ずかしい。恥ずかしいけど、——恥ずかしいから、見つめられるだけで震えるほど感じてしまう。
「ここ、涎がすごい……」
 直接的な刺激もないのに元気よく勃ち上がったものからは、透明な先走りがこぼれ落ちている。アルはその透明な液を指ですくい取り、ぺろりと舐めた。
「ここもおいしい」
「やだぁ。そっちじゃない……」
「……知ってる」
 指先が尻の窄まりをノックするかのように二、三度たたく。
「ここ?」
「うん……」
 アルが潤滑クリームの蓋を開けて、中身を手に取るのが見えた。あのクリーム、この部屋には置いていなかったと思うが、ここに来るときわざわざ持ってきたのだろうか。
 ねっとりと濡れた指が先だけ穴に潜り、丁寧に入り口を広げていく。同時に、期待で張り詰めた性器を握り込まれる。
「両方はだめ! すぐいっちゃう……」
「いけばいいよ。どうせちょっとこすっただけで弾けちゃいそうだよ、ここ」
「僕がいったら、いつもすぐ終わりにしちゃうじゃん……。今日は一緒がいい」
「わかってるから。自分が気持ち良くなることだけ考えて。ほら、ここ、好きなとこ」
 狭い道の途中で指を曲げ、リタがいつも骨抜きにされてしまう場所を押す。
「そこもだめぇ……」
「お尻切ないんじゃなかったの?」

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