(番外編)初めての夜のこと

「だって、だって」
 中の弱い箇所ばかり攻め立てられて、裏筋をさすりながらこすられて、若さを持て余す肉体が長く堪えていられるはずはない。
「アル、アル、いっちゃう、いっちゃうっ……」
「どうぞ」
 先走りをこぼし続ける先端の出口をぐりぐりと弄られ、根本から沸き上がってくる射精感を止めることができず、あっけなく吐精してしまう。——ああ、もう情けない。
 アルはリタのものでべとべとに汚れた自分の手を舐める。
「これもおいしいね」
「ひどい……」
「よかったでしょ?」
「よかったけど……。さっきから言ってるじゃん。一緒がいいんだって!」
「また責任持って勃たせてあげるよ」
 不貞腐れてベッドへ手足を投げ出したリタの上に、アルは乗りかかってくる。リタの足の付け根あたりに下腹部を押しつけて——。熱くて硬くて大きいものが、汗ばんだリタの皮膚にぴたりと添う。
 熱が冷めかけていたが、一気に再燃する。
「……僕で興奮したの?」
「そうだよ。リタがエッチだから」
「ほしい」
「痛かったらすぐやめるから、ちゃんと言うんだよ」
「はい」
 頷きはしたけれど、痛くたって何だって、そう簡単にやめさせてなるものか。次にアルがいつその気になるかわからない。このチャンスは逃さない。
 アルは目元にそっとキスを落とすと、身体を起こしてクリームのケースを取る。そして、たっぷりの量を股ぐらのものに塗りつけていく。てらてら光って、ひどく淫らに映る。
「僕が塗りたい……」
「また今度ね。早くリタに中に入りたい」
 この人からそんな言葉を聞けるなんて、夢みたい。
 どうしたら入れてもらいやすいか考え、膝裏を手で持って腹側に引き寄せ、穴が見えるようにする。アルはその前に膝立ちになると、リタの脛に手を置く。
「前からがいいの?」
「柔軟性と体力には自信があります」
「なら大丈夫かな」
 丸い先端が、彼を待ち望む箇所に宛がわれる。いよいよだ。
「どきどきする……」
「指の時と同じ。大きさが変わるだけ」
「うん」
「じゃあ、まあ、がんばろうね」
「……ん」
 ぐいっと穴が押し広げられたのがわかり、緊張で息をのむ。
「どう?」
「意外と大丈夫……。痛くない」
「深呼吸して。上手だね、リタ。えらいね」
 リタの呼吸に合わせ、ゆっくりゆっくり進む。内股を撫でる手つきが優しい。
「……今どのくらい?」
「まだまだ。きつい?」
「ううん」
 強がりではない。ある程度の痛みは覚悟の上だったが、アルが時間をかけて慣らしていってくれたおかげか苦しくない。
 どちらからともなく黙り込む。互いの息遣いが夜の静けさを意識させた。ここには自分たち以外誰もいない。このまま二人きりの箱の中に閉じこもっていられれば、仕事になんて邪魔されることなく独り占めできるのに——。一瞬、そんな考えが浮かぶ。
 アルが動きを止める。
「……いけた」
「全部入った……?」
「ああ」
「やったー」
 異物感というか、圧迫感がすごい。腹の中いっぱいにアルがいる感じがする。
 アルはじっとしたままだ。故郷で年上の子たちから聞きかじった知識によると、出したり入れたりするはずだが。
「動かないの?」
「もうちょっと馴染んでからね」
 がっついてこないのは、大人の余裕か、あるいは「慣れ」か? リタの前にいたたくさんの「元恋人」の存在を感じて、もやもやがぶり返してきたが、今アルに愛され、求められているのは紛れもないリタなのだ。
 アルはリタの脇腹をさする。
「……寒くない?」
「全然」
「毛布掛けとく?」
「いけるってば。汚しちゃっても嫌だし……」
「そう」
 温めようとするように、彼は待っている間ずっと全体的に腹や足を撫でてくれていた。
 こんな風に気を遣ってくれるのは、確かに「慣れ」もあるのだろうけれど、愛情から来る労りによるところが大きいだろう。リタは多分ものすごく恵まれている。
「故郷で近所の女の子が言ってたんだけど、初めてのとき、いきなり入れられて、痛がっててもやめてくれなくて、すごくつらかったって」
「そんな男、ろくなもんじゃない」
「だよねえ。僕はアルでよかった」
「初恋の人じゃなくて?」
「意地悪。あの人のことは友達として大好きだし感謝もしてるけど、アルとは好きの種類が全然違うもん」
「ほんとに可愛いね、君は。……そろそろ動くよ」
 ずるずると引き抜いて、戻して。たっぷりクリームのおかげもあってスムーズだ。
 動かれると腰回りがぞわぞわとして落ち着かない。
「リタの中、こんな感じなんだ……」
「こんな……? いい? 悪い?」
「とてもいい。……ね、ほら」
 先ほど撫でてくれていた腹部、下生えの上辺り。彼が指し示したところを見てみると、淡い光を放っている。
「なに……?」
「前に『おまじない』をしたとき、僕の名前をここに書いただろう。こんな風に繋がったら出てくるんだよ」
「なんで……、……ひっ」
 いつも指でめろめろにされてしまう箇所を、ぐりっと突かれる。指とは比較にならない衝撃に、尻尾と耳をピンと立たせて、背をしならせる。
「アルぅ……」
「……今してることも『おまじない』も、君は僕のだって刻み込む行為だから」
「僕はアルの……?」
「そうだよ。さあ、いっぱい気持ち良くなろうね」
 初めは浅い部分をこすって蕩かされ、リタが我を忘れてひっきりなしに声を漏らすようになると、奥を突き上げられて揺さぶられる。
 「気持ちいい」が貯まった大きな湯船に放り出されて、なすすべなく溺れている感覚。まともな思考などできなくて、ただただアルにしがみついていた。正直なところ、自分がいつ達したのかもよく覚えていない。
 気づけば自分の中からアルが出て行っていて、胸元に精液がぼらぼたかけられていた。ぼんやりとそれを眺める。
「あ、なんで……?」
「面倒なのは嫌だろう」
「赤ちゃん?」
「……じゃなくて、後処理。そのまま寝たら、お腹壊すよ」
「面倒でも中にほしかったのに」
 胸にかけられたものを触ってみる。ねばねばしていて、リタのものとそう変わらない。
 アルは脱いだ自分の服を拾い、それでリタの身体をざっと拭いてから、傍らに横たわる。
「それはまた今度ね」
「今度っていつ? 明日?」
「明日か。まあ、いいよ。もうちょっとで仕事終わるから」
「明日は中に出してくれる?」
「君がしてほしいって言うなら」
「うれしい。ねえ、アル、好き?」
「好きだよ。可愛いリタ」
 一緒の毛布に包まって。おやすみのキスはリタからした。

 屋根付き市場でアルの仕事に必要なインクを調達したあと、近所の市場で晩ご飯の材料を買う。
 途中、食堂のための仕入れをしていたマーサにつかまり、強制的に世間話に付き合わされて困ってしまったが、近所の主婦が会話に混じってきたことで、やっと解放してもらえた。
 アルと二人、家路につく。足元に並んだ影を眺めて歩いているうち、知らずぼんやりしてしまっていたようだ。アルに問われた。
「どうしたの?」
「え、なに?」
「ニヤニヤしてる」
「してないよ」
「してた。やらしいことでも考えてた?」
「アルとお出かけできるのが嬉しいだけだよ」
「いや、嬉しいっていうニコニコじゃなくて、ニヤニヤだった」
 彼は何でもお見通しらしい。
 ぼんやりと思いを巡らせていたのは、家を出る前に交わした会話と、それに関連した過去の出来事について。
「実は自分の破瓜のときのこと思い出してた。えへへ」
「だから、破瓜は女性限定だってば。その言葉、あんまり人前で使わない方がいいよ」
「アルの前でだけだよ。他の人とは下ネタなんか」
「卑猥な書物を薦めてくる司書とは?」
「しない。あの本がおもしろかった、とか、このシーンがドキドキした、とか、そんな風なことだけ」
「そうやって君に取り入って、いつかつまみ食いしようと機会を狙っている輩だったりして」
 ——あ、まただ。
 リタの人間関係を気にして口うるさくなったり、しつこく追求したりすることが、アルにはときどきある。
「そんなわけないじゃん。司書さん、女の人だよ? アルってさ。結構やきもち焼きだよね」
「世間知らずな君を心配してるだけだよ。世の中には君みたいな初心っぽいのが好きなアバズレだっているんだ」
「僕はアル一筋だよ」
「そんなことわかってる」
 わかっているなら、気にしなくたっていいのに。
 彼の腕を掴み、顔を覗き込む。
「初恋の人じゃなくて初恋人じゃ駄目?」
「何の話?」
「まあ、忘れてるならいいや」
 初めて繋がることのできたあの日は、初めてやきもちを焼いてもらえた日でもある、とリタは思っている。幼い頃の淡い初恋など、今はいい思い出以上の何ものでもない。そんなものに嫉妬なんて。
 ——ああ、僕ってこんなにも愛されてる……。
「だから、ニヤニヤしないの」
 頭を軽く小突かれる。自分に向けられた、そんな彼の言動の一つ一つが、リタをたまらなく幸せな気持ちにさせるのだった。

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