(1)仲良しこよし

「手伝ってあげるから早くしな」
「聡司くんは……」
「あんなの、休み時間や暇な授業の最中に全部終わらせてある」
「さすが」
 頭のいい人は時間の使い方が上手いようだ。——いや、暇な授業の最中に、というのは大丈夫なのか? いくら暇だって授業は授業で、宿題をする時間ではないだろう。……まあいいのかな。本人が暇だというのなら、マスターしている内容なのだろうし。
 せっかく買った菓子を摘まむ暇もなく、勉強に没頭すること一時間弱。タイムリミットまで数分を残して何とか終了した。当初の目的を果たせずに帰るなんて絶対に嫌だから、必死だった。集中、大事。
「ちゃんと時間内にできたよ!」
「そうだな」
 数学の教科書の、授業より大分先のページを捲っていた聡司は、顔も上げずに言う。
 言うとおり頑張ったのに褒めてくれない。少しは言葉の報酬をくれたっていいのに。まだご機嫌斜めを引きずっているのか?
「……聡司くん」
「なに」
「俺は声かけられただけで行ってないってば。聡司くんはあっちこっち手を出してるくせに……、なんで? さすがに理不尽」
「なんのこと」
「しらばっくれなくていいよ! 隣のクラスの雛川さんにも行ったんだってね。聡司くんとプレイ経験があるってわざわざ本人から申告があったよ。俺たちが仲良いのどこで知ったのかわかんないけど、あの子から呼び出しくらって……。できてんのかとか、プレイしたことあんのかとか、いつからなのかとか、めっちゃ問い詰められてマジで怖かった! 理香先輩だって、Subだって噂だし、あの人も俺に興味あるのか聡司くんに興味あるのかわかったもんじゃ——」
「あー、うるさい。そんなに捲し立てないでくれ」
「俺だって過去のことは言わずにおこうと思ったよ。でも、聡司くんがしつこく怒ってるから」
「雛川さんは兄の知り合いの妹で、お互いに第二性のことは知っていたから、試しに一回プレイしたことがあるだけ。中学の頃にしてそれっきり。呼び出しの件は初めて聞いた。今度注意しておく。理香先輩とやらは知らない。喋ったこともない。それから、あっちこっち、だっけ? 君とプレイパートナーになって以降被っている人はいないから、君が気にすることじゃない。以上、終わり」
 ぴしゃりと言って、一方的に締めくくってしまう。恵瑠が責めた件に対する説明にはなっているが、求めているのはそういうことではないのだ。
 ——やっぱり雛川さんともプレイしたの、本当だったんだ……。
 聡司の略奪を目論む彼女のはったりの線もあると、微かな希望を持っていたのだが。
 ここで言うプレイとは、DomとSubの持つ支配と従属の欲求を満たしあうためにする行為のことだ。欲求不満から来る体調不良を防ぐ薬もあるが、健康的な生活を送るために定期的なプレイが推奨されている。
 プレイの基本はDomが出した指示をSubが実行する、というもの。
 固定のプレイ相手を持つかどうかは人それぞれ。特定の相手に縛られたくない人もいるし、安心できる一人とだけ楽しみたいという人もいるし、決まった相手を複数持つ人もいる。
 また、プレイのスタイルも人それぞれ。軽いやり取りだけで満足する人もいるし、肉体関係は付き物だと考える人もいるし、身体に負担のかかる暴力行為を望む人もいる。ニーズの合う相手を見つけることは重要だ。
 身近に相手がいなくてプレイの経験がなかった恵瑠に、一からやり方を教えたのは、他でもない聡司だ。教えることができるということは、それなりに経験がある、というのはわかってはいるのだが、過去のプレイ相手のことを意識すると心中穏やかではいられない。
 ——気にするなと言われても、どうしても気になるし、それに……。
「そっちだってじゃん。聡司くんこそ気にするのやめてよ。女の子のこといちいち報告しろとか言っちゃって、どう考えても」
「一緒にしないでくれ。君はぼんやりしていて、僕が代わりに警戒しないといけないから、君に近づく輩の情報を得るのは必要なことなんだよ。あることないこと気にして、無駄にうるさく捲し立てる君とは違う」
「代わりに警戒って……。ただのやきもちだって認めれば? だいたい聡司くんはいっつもいっつもさあ」
 不満が噴き出しそうになった口を、人差し指で押さえられる。
「はい、そこまで。このままこうして口論のために時間を使うのは、果たして有意義なのかな。君はここに何をしに来たんだ?」
「……プレイ、してもらいに」
「なら、することはわかるよね」
「……」
 間近で目と目を合わせられると、途端に心の奥底の秘めた欲求が顔を出す。服従したい、支配されたい。目の前のこの人に。
「恵瑠」
「……はい」
「僕のSubに相応しい恰好で跪け」
「はい……」
 名前を呼ばれて命じられるこの瞬間が、たまらなくぞくぞくする。恵瑠はSubで、どうしようもなくこの行為を欲しているのだ。
 相応しい恰好——、皆まで指示されずともわかっている。迷うことなく白いワイシャツのボタンを外していく。脱いで床に落とし、次はその下に着たTシャツ。スラックスに靴下、最後に下着。一枚脱ぐごとに身体がプレイモードにシフトしていく。
 聡司は黙ってその様子を見ている。決して彼に背を向けたり隠したりはしない。今の恵瑠は彼のものだから、彼がそれを見るのは当然のことで、恥ずかしいことではないのだ。
 一糸纏わぬ姿になったのち、聡司が腰掛けるベッドの前まで行き、床に膝を突いて座る。
 ——何か言って……。早く指示をちょうだい。
 彼が息を吸い込む音にまで敏感になる。
「……顔を上げて」
「はい」
 上を向く。こちらを見下ろす視線。恵瑠の中の奥深くまで、じわじわと染み入ってくるような。
「いつものを着けてあげる」
 ベッド下に仕舞った箱——プレイ道具がまとめて入れてあるプラスチックケースを足下まで引き出し、彼はそこから黒革の首輪を取り出す。手ずからそれを恵瑠の首に巻き、喉を圧迫しない程度にきっちりと閉める。ここからがプレイ開始。
 首輪についたリード取り付け用の金具に指がかかり、軽く引かれる。
「本当によく似合うね。可愛い僕の犬だ」
 似合うって、可愛いって、僕のって、うれしい。
「犬なんだから、セーフワードを使うとき以外、人間の言葉は喋るな。勝手な粗相も禁止。犬は犬らしくね」
 イエスの意味を込めて頷く。よく出される指示だから戸惑いはない。
「恵瑠、お手」
 さっそく、眼前に右手が差し出される。その掌の上に指先を丸めた左手を置く。
「おかわり」
 もう一方の手には右手を置く。これはプレイ開始直後の、準備運動代わりのルーティーン。
「そう。それでいい。よくできたね」
 本物の犬にするように、髪を両手で大きく撫でられる。褒められるってなんて気持ちいいんだろう。陶酔感で満たされて、うっとりとご主人様を見上げる。
 指示は続く。
「次、伏せ。ベッドの上でいい」
 床は足が痛いから助かる。こういうところは優しいのだ。有難くベッドに上がらせていただき、手足を引っ込めて俯せの体勢になった。
「ごろんして」
 そのまま半回転して仰向けになる。すると、当然陰部が丸見え状態。プレイ前とは明らかに形を変えた箇所が、彼の目に晒されている。
「もう勃たせて。はしたない」
 鼻で笑って、ジャケットの内ポケットから取り出したペンで軽くつつかれる。些細な刺激でも、彼から与えられるもの全てを受け止めようと過敏になった身体は、びくりと震えた。
「他愛ないな」
 ペンが形に沿って側面をするすると往復する。
「あっあっ……」
「どうしてやろうか。これで思いきり竿をはじいてやるのもよし、尿道にペン先を突っ込んでやるのもよし」
「……」
「大きくなるのか。痛いのは嫌だと言っていたくせに」
 この人がそうしたいのなら、してくれて構わない。この時この瞬間は、本気でそう思っている。
「……たまらないな、その顔。こちらに全てを委ねきっている。でも、加減の仕方がわからない行為はしないさ。壊したらもう可愛い犬で遊べなくなるから」
 遊んで、もっと、ねえ。
 彼はベッドの端に座り、視線で恵瑠の全身を舐め回したあと、小さいながら懸命に尖って存在を主張する乳首に、ペンの頭をぐりぐりと押しつける。
「今日はこれにしようかな」
「あう……」
「好きだよね。弄るたびにいやらしくなる」
 うん、好き。乳首を虐めてもらうの、気持ちいい。
 横向きになったペンが小刻みに素早く上下して、先っぽをかすめては離れていく。時折グリップが引っかかるのがたまらない。達するほどではないが、じわじわと腹の底に快感が溜まっていく。
「もう片方はこれで……」
 彼の左手には、プレイ道具入れから取り出したのだろう、小ぶりなローターが握られていた。スイッチオンで振動し出したそれを、空いた乳首の下部に当てる。
 左右の異なる刺激は、片方だけだったときより何倍も強く、細切れの嬌声が漏れる。
 ——粗相は禁止……。いっちゃ駄目なのに……。
 乳首だけでもこのまま続けられればまずいかもしれない。
「すごく反り返ってきた。だらしないペニスだな、涎も垂れてきたよ。そんなに気持ちいい?」
「ん、ん……」
 何度か頷く。
「どこまで我慢できるか試してみようか」
 恵瑠が必死に耐えているのを見て、彼はすごく楽しそうだ。
 ——聡司くんが喜んでくれてる……。
 うれしい。うれしい。もっと頑張らないと。
 熱の高まりをやり過ごそうとするうち、体勢が変わってきていたらしい。
「足下がってきてる。足上げて、がばっと開いて……、もっと。そうだな、お尻上げられる?」
 限界まで上げたが、お気に召さなかったようで、腰の下に枕を挟み込まれた。
「これでよく見える。アナルも寂しそうだな。ここにもあげるね」
 続いて、滑らかな形状の細めのディルドが取り出される。
 箱の中にはまだまだ道具があって、この年でなぜこんなにいっぱい持っているのだと初めは驚いたものだが、Dom一家の城谷家ではめずらしいものではなく、兄たちから提供されることもあるそうだ。
 ローションをたっぷりかけて、尻の窄まりに押し当てると、先っぽが大した抵抗もなく内へめり込む。
「すぐ入るね。昨日自分でしただろう。今日まで我慢できなかった?」
「……」

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