1-(3)思いがけない再会

「それは興味深い」
「こっちだよ。研究室にいる」
 ラドト氏に先導され、暗い階段を降りて地下へ。奇怪な植物がたくさん並べられた研究室へ招き入れられる。
 蝋燭の明かりだけで薄暗い中、作業台の前の丸椅子に、ちんまりと座っている少年がいた。ぶかぶかのシャツを着せられている。
 大いに見覚えがある。この世界に来ることになった日の前日も、学校で話をした。
「あれ、志尾(しお)……?」
 少年は顔を上げる。
「……航? わあ、航だ!」
「罠にかかったのってお前だったのか」
 何たる偶然だろう。こんなところで親しいクラスメイトに再会するとは。
 手を取り合って驚きを共有している後ろで、城の殿下が呟く。
「何と。本当に知り合いか」
「学校の友達で……」
「まさか昨夜の話が現実になるとはな」
 あちらに家族も友達もいるから帰りたいと言った航に、罠に引っかかってこちらにやって来るのを待つしかない、と彼が言い放った件か。
 航が呼び寄せたかのような言い方はやめてほしい。睨んでやってから、また志尾に話を向ける。
「志尾も見つけたのか、あの変な本」
「図書館で借りた怪しい本に古いメモが挟まってて」
「満月の夜更け、合言葉は……」
「そう、それ! 航、一ヶ月近く学校を休んでたから、皆病気で入院してんじゃないかって心配してたんだよ。ずっとここにいたってこと?」
「うん、帰れなくて……」
「僕たち、異世界に召喚されたってことだよね。すごい。一体どんな崇高な使命が……! 僕たち勇者になって世界を救うんだよ!」
「勇者……?」
「うん! 異世界転移のお決まりじゃない」
 語尾が跳ね上がって、鼻息が荒くなる。それはまるで、彼が趣味について興奮気味に捲し立てるときのような。わくわくしているとでもいうのか、この状況で。
 思っていたテンションとは全く違い、たいそう面食らう。それは志尾を呼んだラドトも同じのようで。
「崇高な使命なんてないって言ってるのに、冒険の旅に出るとか言って聞かないんだよ、この子。一体どうすればいいの?」
 頭を抱えるお仲間に対しても、殿下はにべも無い。
「どうするも何も、自分の役割をわからせればいいだけだろう。まさか、三日もあって手を出していないのか?」
「だって、世界征服を企む悪の魔王はいないのかとか、村を荒らし回るドラゴンはいないのかとか、勇者の剣はないのかとか、国王に謁見したいとか、滅茶苦茶なことばっかり言うから、もう圧倒されちゃって。大きな城でふんぞり返っている大型竜の末裔はいるけどね。ここには勇者の剣とやらはないし、人間の王様なんて知らないし」
「自ら剣を見つけ出し、謁見まで辿り着くのが最初の試練ということか……」
「だから、違うよ? ね? 話聞いてよ」
 神妙な面持ちで自らの役割を噛み締める志尾は、さらにラドトを混乱させていた。
 控え目に説明を入れておく。
「志尾はオカルト好きのファンタジー好きで……」
「なにそれ。知らない」
「面倒臭いな。縛りつけるでも何でもして、さっさと犯せばいい」
「それができれば苦労はしないよ、ヨマ。人間はひどくか弱いじゃないか。せっかく罠にかかったのに、死んだらどうする」
「適当に加減しろよ。お前だって人間とやったことがないわけじゃないだろう」
「あるが、随分前だ。この頃全く当たりの罠がなかったから」
「世話が焼けるな。こうするんだ」
 殿下は掌に、航を拘束するのにも使った紫の糸を出現させる。操られた糸は志尾の手足に絡みつき、最も近い石壁に張り付けにする。
「え、なに、魔法? すごい!」
 志尾本人は楽しそうではあるが。これから何が起こるか容易に想像がつくだけに、とても黙ってはいられない。
「おい!」
「落ち着け。こいつはラドトの獲物だ。私が手を出すつもりはないさ。お膳立てをしてやるだけだ」
「お膳立てをやめろって言ってんだよ。結局そいつにやられ——」
「ちょっと大人しくしてろ」
 新たな糸が生き物のように航へと向かってきて、上下の唇を縫いつけて開けなくしてしまう。痛くはないが喋れない。
「んー!」
 服を掴んでなおも抗議を続けようとすると、首を強く引っ張られる。いつの間にか首にも糸が巻きついていて、その端を殿下が握っていた。まるきり犬扱いだ、こんなの。いや、犬より悪い。
 手にした糸を、彼は柱にくくりつける。貧弱そうな柱に見えたが、航の力では動かない。
 邪魔する者がいなくなり、彼はこの家の住人に向かって、志尾を指し、尊大に命じる。
「さあ、やれ」
「やれと言われても……」
「これでも駄目か。そうだな……」
 殿下は鉢植え植物の並んだ棚へ歩いていき、しばらく物色したのち、一つ選んで取ってくる。太い蔦が何本か絡み合ったような植物だ。他の、赤と黒の水玉模様の花や、目玉のようなものが生えた植物、大きな棘の突き出た植物と比べれば、無害そうには見える。
 鉢植えを抱えた彼は志尾の元へ行き、足下に植物を置く。ラドトは不安そうにしつつも、止めることはしない。
「ヨマ、乱暴なことは……」
「どっちにだ。人間か植物か」
「どっちもだよ!」
「善処する」
 言うやいなや、殿下はいきなり、何の断りもなく志尾の口に自分の指を突っ込む。
「……ん!?」
 そして、志尾の唾液が付いた指で、足下の植物を撫でた。すると、鉢をカタカタさせ、植物が動き出す。絡まっていた蔦同士が解け、それぞれが伸びて志尾の足に巻きつく。
「え、なに……?」
 少年らしいほっそりとした肢体を、みるみるうちに這い上がっていく蔦。足首から足全体、さらに上半身へと。
「こいつに下準備をさせる」
「なるほど。いい考えかもね」
「うわあ、やだやだやだ!」
 冷静に観察する魔物たちとは対照的に、やっと自らの身の危険に気づいたらしい志尾は焦り始める。
 服を破りながら、全身に巻きつくまであっという間。役目を終えた糸は消えていく。
 全くもって無害ではなかった。人を甚振る対象としか見ていない魔物は、こんないびり方も思いつくのか。
 乾いているように見えた蔦の表面から粘液が染み出し、肌に濡れた跡を残す。胸元を這っていた蔦の細い先っぽが、小さな乳首を的確に捉えて絡み、愛撫のような動きを始める。それは同時に、縮こまったペニスにも及び。
「なんで……。嫌、離れろ! 取って!」
 志尾は半狂乱でもがく。助ける者などここにはおらず。ラドトも大して意味のない宥めを口にするだけ。
「ごめんね。痛いことはしないからさ。僕のとこにいる子は皆優しいんだよ」
「嫌だ、やめろっ! ねえ……」
 縋るような目を航に向けてくる。だが、悲しいかな、航には何もできない。
 恐怖でなかなか反応を示さない性器に痺れを切らしたのか、蔦は粘液の力を借りてアヌスにも潜り込む。自分の意思に反して体内を犯される不快感も屈辱感も、航はよく知っている。蔦の立てる水音から、掻き回される深さや速さを容易に想像できてしまう。
「あぁっ……う、ひっ……。これやだ、や……」
 起き上がり始めるペニス。一際細い先っぽを持つ蔦が、射精口を弄くり、あろうことかその中にまで侵入していく。航でもそんなところに入れられたことはない。
「うそ……、駄目だって。おちんちん壊れるから……っ」
 本人がどれほど震えていたって、魔物たちにとっては見世物でしかない。ラドトはうっとりと息を漏らす。
「気持ちよさそうだね……。なんて官能的なんだ」
「乳臭いガキだろう」
「それを言うなら君のところの子もね! 同じ年頃なんだろう」
「うちのは可愛いからいいんだ」
「この子だって可愛いさ」
 なんだ、その馬鹿馬鹿しいやり取りは。二人まとめて崖から突き落としてやりたい。いや、少なくとも殿下の方は飛べるから無意味か。いったいどうやったら死ぬんだ、こいつらは。もしも勇者になれるとしたら、一番に成敗するのはこいつらだ。その後に城を焼いてやる。
 威勢のよいことは頭の中でならいくらでも考えられる。現実では友達一人救えず、ただ見ているだけ。
 志尾はどんどん追いつめられる。性器は膨れ、張りつめ、露出した亀頭は汁でてらてらと光っていたけれど、尿道に入り込んだ蔦が精液を堰き止めているのだ。それでも泣き出さないのは彼の強さか。
 魔物たちはどこまでも暢気だ。
「ヨマ、これは一体どうやってやめさせるんだい」
「知るか。お前の実験植物だろう」
「こんな実験はしたことがないよ」
「ではもう根元からちょん切れ」
「そんなひどいことできるか!」
「早くしないとこいつが精液を飲んでしまうぞ」
「いい子だから、そろそろ離れてねー」
 ラドトは性器周りの蔦を引っ張るが、抜けない。
「また育てればいいだろう」
 せっかちな殿下はピンと張った糸を鞭のようにしならせ、蔦の、鉢植えの土ぎりぎりの部分を切断する。途端にぴたりと静止する。
「わあ、こら!」
「蔦を抜いて飲め。早く吐精したくて真っ赤になっているぞ」
「……」
 ラドトは何か言いかけていたが、結局口をつぐんだ。壁に張りつけにされた哀れな人間の前に屈み込み、性器をそっと掴むと、尿道への侵入者をゆっくりと引き抜いていく。
「ひっ……ぃ」
 溢れ出る精液。躊躇うことなく咥えて吸う。人を食い物にする魔物。なんておぞましい。

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