1-(3)思いがけない再会

 航も毎日あんなことをされているのだ。客観的に見ることで、その異常さがより際立つように思う。
「後は好きにするだろう。やれやれ」
 一仕事終えたとばかりに肩を回し、殿下はこちらに戻ってくる。柱に結びつけた糸を外し、軽く引く。
 航は首を振ることで否やを伝えようとする。
「ここにお前がいて何ができる。軟弱そうに見えるが、あいつも魔族だぞ。楽しみを邪魔されれば、お前などひねり潰される」
「……」
「私もやりたくなった。帰るぞ」
 心の中で何度もごめんと繰り返しながら、連れられていった。

 行きと同じく抱きかかえられながら空を飛び、帰城する。途中で口の糸は外してもらえた。
 殿下の寝室のバルコニーに降り立ち、室内へ。部屋ではなぜか双子がうろうろしており、主人を見つけて集まってくる。
「殿下! なんだ、その子とお出かけだったの?」
「もう、めっちゃ探し回ったんだけど!」
 まあ、それはそうだろうな。見張りの対象が突然姿を消したのだから。探させて申し訳ないとは欠片も思わないけれど。
「それで殿下たち、どこ行ってたの?」
「自分の部屋の窓から脱出しようとして落下するという馬鹿をやらかしていたから、回収してきた」
「窓から? 飛べないのに?」
「なんで?」
 シーツをロープにしたら可能だと思ったのだ。ものの見事に失敗したが。真っ正直に説明してやる気も起きず、むっつりと押し黙る。
 殿下は野良猫を追い払うように手を振る。
「この件に関してはまた後だ。とっとと退室しろ」
 彼が急ぐ理由を、双子たちはすぐに察した。
「あー、今からその子といいことするの? するんだよね?」
「僕たちも」
「退室しろと言っている。命じられた役目も果たせぬくせに、お前たちは自分の要求ばかりだな」
「でも、四六時中べったりくっついているわけにはいかないんだから、部屋の窓からこそこそ出られたらわかるわけないじゃん」
「そうだよ!」
「開き直るな。やりようはいくらでもあるのに、お前たちはそれをしなかった。私の命令を軽く見ていたのか、ただの無能か、どちらにしろこの城には必要ない。ろくに反省もできないようなら今すぐ荷物をまとめて出て行け。帰ってくるな」
 淡々と低く言い放つ。場の空気が凍りついたのが、当事者ではない航にもわかった。
 いつもはふてぶてしい双子も、さすがにしおらしくなる。
「……ごめんなさい、殿下。怒らないで」
「今度からちゃんとやるから。ここを追い出されたら、僕たち、行くとこがない……」
「庭の掃除でもしていろ」
「……はーい」
 しゅんと肩を落とし、彼らは出ていく。その小さい後ろ姿はあまりにも頼りなげに見えて、思わず庇うようなことを口にしてしまう。
「あんまり怒ってやるなよ。可哀想じゃん」
「子供のなりに騙されるな。隙あらばお前を犯そうと狙っている連中だぞ」
「それでも、あんたよりはマシかも」
「ほう。私よりあいつらの方がいいと?」
 男の目がすっと細まる。ぞっとするほど冷たい眼差し。
 ……地雷を踏んだか? しかし、紛れもない本心ではあった。
「普通に喋ってるときは無邪気で可愛いし、少なくともあんたよりは話が通じる、気がする」
「ふん、少々甘やかしすぎたかな。躾が必要か」
「え、いや、ひどいのは……」
「いい子でいれば褒美がもらえる。悪い子には罰が与えられる。当たり前のことだ」
「嫌、やだ」
「逃がすはずないだろう」
 彼の手には紫の糸。その先は航の首に繋がっている。さきほどまで消えていたはずなのに、また現れた。
 首輪のリードのように糸を引き、航をベッドへ連れて行く。自らは腰掛け、航をその真ん前に立たせる。
 いったい何をされるのだろう。心臓が騒いでうるさい。圧倒的な強者を前に、今更ながら恐れで青ざめる航の表情をつぶさに観察したあと、彼は命じる。
「脱げ」
「……」
「聞こえなかったのか。早くしろ」
 震える指でシャツのボタンを外す。どうにかこうにか上を脱ぐ。
 続きを躊躇っているのは、当然見透かされている。
「全部だ」
 観念して下着ごとズボンを下ろす。隠したいもの、隠すべきものが男の目に晒される。
「もう勃っているじゃないか。期待したのか。変態はどっちだ」
 頬がカッと朱に染まる。おかしいのは自分でもわかっている。航の身体はこんな風じゃなかったのに。
 股ぐらにぶら下がるふくふくとした袋が、靴先で持ち上げられ、揺らされる。その様子がさも滑稽だというふうに笑って、彼はペニスの裏を踏み、腹に押しつける。
「また大きくなった。甚振られるのがよっぽど嬉しいらしい」
「違う……」
「どこが?」
 硬い靴裏でぐりぐりと踏みつけにされた。首を糸で引っ張られているので、後ろによろけるのも許されない。
「うっ……、痛い」
「それがいいんだろう。私に、こんな風にされるのが」
 違う、違うのに。身体がどんどん熱くなる。どうして、どうして、変わってしまったの。この異常に慣らされていくの。
 虐められても萎えることがないのに満足したのか、いったんは性器への加虐を中断し、自らの足を開く。
「跪いて舐めろ」
「……なに、を」
「言われないとわからないのか? 何度も教えてやっただろう」
 リード代わりの糸をさらに引かれる。言うとおりにするしかないのだ。さもないともっとひどい目に遭う。
 床に膝を突き、おずおずと彼のズボンの前立てをくつろげ、両手で取り出す。通常状態でも結構な質量だ。
 頭上から無言の圧力を感じて、先っぽを咥える。舌を動かして愛撫し、入りきらない部分は手で扱く。
 志尾も今頃こんなことをさせられているのだろうか。彼は航より身体が小さいし、体力もないから心配だ。こんなのに耐えられるのだろうか。生きてまた会えるのかな。
「余計なことを考えるな」
 喉の奥まで押し込まれる。苦しいし、呼吸が浅くなってくらくらする。涙が滲む。しかし、擦られて気持ちいい場所もあることを、これまでの行為で教え込まれてしまっていた。
「自分で準備しろ」
 取り出された、すでに見慣れた小瓶。中身のドロドロしたオイルが尻に垂らされる。それを指に取り、自分でアヌスに塗り込める。窄まった穴を拡げていく。
 食べられるためのお膳立てを丁寧に自分でして。望んで抱かれるわけじゃないのに。
 航が休むことがないよう見張りながら、彼は告げる。
「いいことを教えておいてやろう。森を抜けて人間たちの村に辿り着けば助けてもらえる。お前はそう考えているのだろうが、それは不可能だ」
「……」
 聞いた。森には凶暴な魔獣がいるのだろう。魔獣を倒す能のない航に森越えは無理だと、そういうことだろう。
 航の心の内を呼んだかのように続ける。
「例え森を抜けられたとしても難しい、という話をしている。こちらの世界の人間たちにとって、魔族と交わった人間というのは、もはや魔族の仲間だ。自分たちの仲間にはなり得ない。なぜか。魔族の手を逃れて人間たちの元で暮らすようになったとしても、ある日突然暴れ始めるのだそうだ。まるで人間の血に飢えた魔物のようにな」
「……!」
「研究の結果、その原因が今では判明している。魔族にとって人間の体液はただの嗜好品にすぎないが、人間にとって魔族の体液は強い依存性を持つもの。一定量以上魔族の体液を摂取した人間は、摂取しない状態が長くなれば、激しい禁断症状が起こすんだ。それが暴れる、という行動に繋がる。わかるか。お前を受け入れてくれる場所なんて、人間たちの社会にはない。何もかももう手遅れなんだよ」
 それはまるで、呪いのような。
 彼は口からペニスを引き抜き、人差し指で航の顎を持ち上げる。
「可哀想に。そういう意味でも、お前はもうここから出られないし、家にも帰れん」
 縛りつけられる。糸も何もなしに。この異常で冷酷な世界に。
 言われた内容を上手く飲み込めず、呆然としているうち、抱き上げられてベッドへ。易々と組み敷かれる。
「私に媚びろという意味がわかったか」
「……ひどい」
「ひどかろうが何だろうが、それがお前の現実だ。なあ、コウ」
「嫌だ、呼ぶな」
「お前の名前だろう? コウ」
 名を呼ぶのを許すことで、自分の心の奥深くの、絶対に立ち入らせたくない聖域まで蹂躙される気がする。
 相手を服従させる術に長けた男に、甘やかされてぬくぬくと育った航が敵うはずもなく。結局、ただほしいまま奪われるだけ。
「ひっ……」
 腰が掴まれ、蕩けたアヌスに挿入される。手加減なしに捻じ込まれ。奥を突かれると射精する淫らな身体。
 腹の中の雄を懸命に締めつける尻を、彼はパンと叩く。
「元になど戻れるものか、こんな色狂い」
「こんなこと、ほんとはしたくない……っ」
「嘘をつけ。悦んでいるよ、お前は」
 乱暴に腰を打ちつけられ、掻き回されて、それを待っていたかのように肉体はいっそう昂ぶる。髪を振り乱し、悲鳴のような嬌声を上げた。
 今日は特にしつこくて、どっぷり日が暮れても離してもらえなかった。
 帰る……、帰らなきゃ。志尾と、元の世界へ。でも、どうやって? 絶望的な状況でたった一人、心を折られず自分を持ち続けるなんて、そんな強さ、航にはない。

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