(5)とろける

「よくないから蓑虫になってんだろ」
「虫はやめて」
 虫は嫌いだ。許せるのはテントウ虫と蝶々ぐらいだ。
 ベッドの端が沈む。脩が座ったらしい。
「何が気に入らないのか全部言えよ。溜め込んで苦しいのはお前だぞ」
「気に入らないことだらけだよ。相田にお尻見られたのも、ミオくんをここに呼んじゃったのも、二時間以上僕が構ってもらえる時間が減ったのも、せっかく頑張ったお鍋の準備がやり直しされてたのも」
「まず尻を見られたのは、よく確認せずにドアを開けたお前が悪い。相田ミオをここに呼んだのは、他に話ができるところがなかったからで、時間かかったのは、じっくり話をしてすっぱり諦めてもらえるようにするため。具材を切り直したのは、あまりにも大きいのがあって火が通りづらそうだったから」
「そんなの全部わかってるよ! 正論なんて聞きたくないよ」
「じゃあどうしてほしい?」
「知らない」
 混乱していて自分でもわからないのだから、答えられるはずはない。もう諦めて、今日のところは放っておいてもらえないだろうか。しかし、諦められたら諦められたで不安が増すのだが。
「お前が今日俺のために頑張ってくれたのはわかってるよ。具材切るのも時間かかっただろうし、このシーツ替えてあるし、あのエプロンだってわざわざ買ったんだろうし」
「もう言わないでよ。恥ずかしいから。裸エプロンなんて二度とやらない……」
「自分で言うのかよ。パンツ穿いてたもんって言ってたろ」
「いいよ、もうそれは」
 完全な黒歴史行きだ。もう一人の目撃者の相田とは明日も大学で会う。いったいどんな顔をすればいいのだろう。登校拒否になりそうだ。
 凛太の気も知らず、脩はとんでもない要求をする。
「せっかく買ったエプロンだろ。もう一回着て見せて」
「やだってば。それで褒められたってもうご機嫌取りにしか思えない。内心馬鹿にしてるくせに」
 エプロンの他にもっと過激な衣装も用意していたが、永遠に封印することにする。エプロンもろとも記憶ごと焼いて灰にしてしまいたい。
 脩は布団の上から凛太の足を叩く。
「してないよ。想像の範囲を突き抜けててびっくりしたけど、かわいかったよ」
「脩ちゃんの嘘つき。大嫌い」
「……」
 返答がない。しばらく待ってみても無言のままだ。
「脩ちゃん?」
 いい加減息が苦しかったのもあって、布団から顔を出す。だが、ベッドに座っていたはずの脩がいない。上半身を起こして首を巡らせてみても、室内に見当たらない。もしや凛太の意固地さに嫌気が差して出て行ってしまったのか?
「脩ちゃん!」
「ばあ」
 ベッドの脇にかがんで身を潜めていた脩が立ち上がり、ベッドに膝を乗せる。のそのそと距離を詰めてきて凛太をまたぎ、馬乗りになってくる。抵抗しようとか逃げようなどとは思わなかった。
「つかまえた」
 にやりと捕食者めいて笑うのに、ぞくっと背筋がふるえる。
「……ひどい」
「なかなか巣から出てこないもんだから。悪かったよ。今罠に引っかけたことも、いろいろ頑張ったお前を優先してやれなかったことも。もっとお前の気持ちも考えてやるべきだった」
「謝ってほしいわけじゃ……」
「かといって、こういうこと、なあなあにして終わらせんのはよくないだろ。後回しにするほどこじれるぞ」
「……うん、まあ」
「目を見て話した方が素直になれる。な?」
 髪を撫でられ、額に口付けられる。とてもとても大切なものにするような、優しい仕草。
 その黒々とした目にこんなにも間近で見つめられると、たちまち白旗を掲げそうになってしまう。胸が高鳴り始めて苦しい。本当に凛太は、自分でも嫌になるくらい単純なのだ。
「こういうことすんのもしたいのも凛だけ。……って、こんなこと言うのも毎回恥ずかしいんだからな?」
 頬に添えられた脩の手のひらに、自分の手を重ねる。
「でも、聞きたい。言ってくれたらもっと好きになるよ」
「大嫌いは撤回?」
「うん」
「よかった」
「……ねえ」
 顎を上げて唇にキスをねだると、望み通りにくれる。キスは好き。キスは気持ちいい。意固地になって出来た心の壁も、簡単に溶かすくらいに。
 本音が口から流れ出す。
「ミオくんと先に出会ってたら、ミオくんと付き合ってたんじゃないかって思っちゃって。それで」
「不安になった? そんなわけないだろ」
「だってミオくん僕よりかわいいし」
「それは個人の主観。俺はそうは思わない」
「僕の時と状況似てるし」
「似てるのは状況だけだろ」
「……それから」
 不安を否定する言葉がほしくて、気懸かりが口から溢れてくる。脩はそれをうるさがったりしない。
「うん。全部言いな」
「生徒にはよく告白されるの?」
「いや、相田弟が初めて。凛に言われたのはまだ学校が違うときだったし。なんで?」
「振り慣れてるように見えたから……」
「生徒相手じゃないけど、今までそれなりにそういう状況はあったんだよ」
「やっぱモテるんだ」
「それなりにだよ、それなりに。でも、今は凛しか欲しくない。ああ、今もこれからも、か」
 愛を伝えるために張り切っていたのは凛太の方だったはずなのに、気づけば逆になっている。自分が情けない。でも、嬉しい。
「……心臓おかしくなりそう」
「ほんとだ。すごいドキドキしてんのな」
 脩は身体をずらし、凛太の左胸に耳をくっつける。心の奥底まで覗かれてしまいそうだと思った。
 顔を胸にくっつけたまま、彼は上目遣いになる。可愛らしい感じはなかったが、性的感覚に訴えかけてくるものではあった。
「パンツ替えた?」
「さっきのままだけど」
「見せて」
「……見たい?」
「見たい」
「いいよ」
「自分で脱いで」
「……うん」
 裸もとい半裸エプロンはもうやりたくないけれど、下着を見せるくらいならいい。脩から離れて膝立ちになり、部屋着のズボンを脱いでベッドの下に落とす。
 赤のTバックはこの日のために自分で選んだ。通販で届いたものを穿いて鏡の前に立ってみると、自分でも目を背けたくなるくらいはしたなかったが、脩が喜んでくれるならいいと思った。
 勝負下着が脩の視線に晒される。それだけで肌が熱くなるようだ。
「はっきり形出るから、裸よりエロいよな。もうおっきくなってる?」
「だってこのパンツぎゅっとなるし擦れるし食い込むし……」
「自分で毛剃ったの?」
「うん。はみ出るから」
 今回一番頑張ったのがこれだ。小さすぎる布面積からはみ出すところは、見苦しいから自分で処理した。
「もともと薄いけどつるつるだな。自分でここ剃ってるの、想像するだけで抜けそう」
 脩の人差し指が布と肌の境目を滑る。剃毛のせいで肌がいつも以上に敏感になっているのか、想像以上のふるえが走って息をのむ。
「んっ……」
「撫でてるだけでイケたり?」
「意地悪しないでよぉ」
「そうだな。頑張ってくれたしな」
 下着の布地の上から口に含まれる。唾液で濡らしながら唇で緩く噛まれ、生地が押し上げられているせいではみ出かけた袋が指先で突かれる。どちらも弱い刺激でもどかしい。たまらず尻をもぞもぞ動かしていると、右手がなだめるように滑らかな尻の皮膚を撫でた。
 下着の、尻の割れ目に沿った部分を引っ張られる。前が押さえつけられて、さらに形がくっきりと浮き上がる。
「やだぁ、あんまりぎゅうぎゅうしないで」
「痛い?」
「痛くないけど……」
 彼は引っ張っていたものをぱっと放す。すると弾みで中身が飛び出してきてしまう。
「先っぽ出てきちゃったね」
「うわあ」
 狭い下着に押し込められていた自分のものとこんにちはをする。頭がぬめってつやつやと光っていて、半端に出ているところが卑猥すぎる。これはさすがにいけない。全部出した方が恥ずかしくない。
「もう脱ぐ」
「駄目。このパンツ、バレンタインデーのプレゼントなんだろ」
 意地悪を言って、脩は出ている先端を直に舐めながら布越しに竿をしごく。さきほどのもどかしいだけの刺激ではなく、凛太を確実に昂ぶらせようとするもの。視覚的にも来るものがあり、息を乱して夢中で彼の髪に指を絡めた。
 だが、達しそうになる前に、彼は口を離す。目尻に涙がにじむ。
「やめちゃやだぁ」
「もうちょっと我慢な。こっちに尻を向けて」
 凛太を四つん這いにさせると、脩はサイドテーブルにあるローションのボトルを取る。そして、下着を横にずらして尻にたっぷりローションを垂らす。穴に指先が沈む。これはこのまま挿入する流れか。
 この流れに乗っかっていれば気持ち良くなれるのだろうが、これでは完全に脩のペースだ。当初の計画では、ベッドでたっぷりサービスするのは凛太だったはずだ。今日はことごとく失敗してきたから、せめて少しくらい良いところを見せたい。
「今日は僕が色々してあげるつもりで考えてて……」
「また今度。これ、後ろ自分でした?」
「脩ちゃんが帰ってくる前にお風呂で。すぐしたかったから……」
「じゃあもういい?」
「僕もする」
「だからそれはまた今度。入れさせて」
 スキンを取る脩の手が見えた。ローションでぬめった先端が押し当てられる。平然として見えるが余裕がないのかもしれない。パンツ効果があったのか。
「いいよな?」
「はやく」
「うん」
 穴の上をずりずり往復されては、それ以上待ったも言えなくて、受け入れ体勢を取った。
 次の日休みではないのに、三ラウンド目までもつれ込んでしまったから、パンツだけは成功ということでよかっただろうか。

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