(番外編)恭とレオ

 おかしなお願いをしているという自覚はある。恭は後輩の軽口にも怒らず応じてくれる寛大さがあるので、この妙な要求も笑って受け入れてもらえる気がしたのだ。
 彼は可も不可も言うことなく、バーでもしていた質問を繰り返す。
「だから、なんで?」
「えっと……、誰にも言わない?」
「ああ」
「ナオ兄にも?」
「言わないよ。約束する」
「実は、少し前なんだけど、偶然、友達のTバック姿を見ちゃってさ」
「男の友達?」
「そう。で、それが妙に色っぽくて、今でも頭にこびりついて離れなくて……。もしかしたら、俺は男に興奮する性癖になっちゃったのかなって悩んでるんだ。ネットの画像とかじゃイマイチだったから、また生のパンツ姿を見て確認したい」
「それで俺? その友達は見せてくんないの?」
「そいつが付き合ってる人に怒られるし、本人も嫌がるから駄目。お願いします。ちらっと! ちらっと!」
 両手を合わせて頭を下げる。他人にとってはくだらない悩みでも、レオにとっては一大事なのだ。他に協力してくれそうな人に心当たりはないから、何とか承諾を取り付けたい。
 恭は何事かを考え込むそぶりを見せた後、口を開く。
「見せるのはいいんだけど……」
「学食の日替わり奢ります!」
「見返りを寄越せって意味じゃなくてね。……まあ、いいか」
 彼は胡座を崩しておもむろに立ち上げると、ベルトを外し、ズボンから足を抜く。
「わざわざ脱いでもらわなくても」
「どうせ見るならちゃんと見とけば? 俺、ずっと水泳やってたから、見られるのには慣れてんだよ」
 てきぱきと上まで脱ぎ始め、布面積が極めて狭い黒の下着一枚になった。まったくいい脱ぎぷりである。鍛えられた筋肉質な身体——これなら堂々と裸同然の姿になれるのも当然だろうな、と思う。
 凛太はあの時エプロンをしていて、下着を見たのは後ろからだったから——。
「背中を向けていただいても……」
「はいはい」
 壁側を向いた恭の、広い背中、腰から続く引き締まった尻。白くて触り心地の良さそうだった凛太の尻とは全く違う。これはこれで魅力があるように思う。
「もっと近くで見てもいいよ」
 お言葉に甘えて近寄り、膝立ちになってじっと観察する。うん、いいな。この筋肉の流れ、かっこいい、し、エロい。触ってみたらどんな感じなのかな。
 無言で数分経ち、さすがに時間を持て余してきたのか、恭は身体ごとくるりと振り返る。
「どう?」
「いい身体ですね」
「そりゃどうも」
「……」
 ちょうど眼前に下着の真ん中の膨らみがきている。平常時でこれってことはかなり……、などと考え、目を離せずにいると、彼は我慢できないと言うようにぷっと吹き出した。
「股間凝視しすぎ」
「パンツを見てるんだから、そのあたりに目がいくのはしょうがないでしょ!」
「で? お友達のを見た時みたいに興奮する?」
「なんだかドキドキする……。なんだろう、これ。見ちゃいけないものを見ちゃったときの高揚感って感じ」
「俺がいいって言ってんだから見ていいんだよ。触りたくなったりは?」
「いいの?」
「いいよ、どこでも」
「お尻がいい」
「どうぞ」
 彼はまた背を向ける。
 再びのご対面となった尻を遠慮がちにぺたぺた触る。
「硬い」
「柔らかい方が好き?」
「わかんない……。でも、かっこいいお尻」
「めっちゃ凝視してたから前を触りたがると思った」
「いやあ、そこまでは」
「パンツ見せてくれ、の時点でもうさ……。まあ、レオは俺の好みだからオッケー」
「え、恭さんもそっちの人なんだ」
「そっちってどっち?」
「男が好きな人」
「んー、女の子もいけないことないけど、付き合うなら男かな」
「へえー」
「レオは自分がどうなのかわかりそう?」
「うーん……」
 こうだったらどう、という判断基準が欲しいところだ。もしかしたら、自分はただのお尻好きという可能性もある、かも?
「前も触ってみなよ。嫌じゃなければ」
「なんかこう、好奇心がすごくて嫌だと感じない」
「なら是非」
「ほんとにいいの?」
「いいってば」
「では失礼して……」
 向かいあった恭の、下着の前部分の盛り上がりを、人差し指で軽くつつく。むにむにと柔らかい。慣れた感触のはずなのだが……。
「どうしよう、やっぱりドキドキする。ちんこが大丈夫なんだったら、俺もそっちの人なのかな」
「すぐに決めつけるのはよくないと思う。直で触ってみれば? 俺も触ってあげるから」
「恭さんも触るの?」
「触るのが平気でも、触られるのが駄目だったら、きっと『そっち』ではないよ」
「でも」
「こんな風に身体張って確認させてくれる人、俺ぐらいしかいないと思うよ。普通はパンツ見せての時点で断られる」
「どうしてそこまで?」
「俺も悩んでた時期があるから、手助けしたいだけ」
「恭さん、すごくいい人だ……」
 こんな風に後輩へ手を差し伸べてくれるなんて先輩の鑑だ。なんて親切なんだ。
「で、レオ、どうする? 頑張ってみる?」
「お願いします!」
「そう。じゃあ脱いで」
「え、脱ぐの?」
「脱がなきゃ触りづらいだろう」
 それもそうか。ズボンとパーカー、Tシャツを脱ぎ去り、恭と同じく下着一枚になる。今日は子供っぽいパンダ柄のボクサーパンツだ。こうなることがわかっていれば、もう少しマシなのを履いてきたのに。
「上まではよかったんだけど……、まあいいか。こっちにおいで」
 呼ばれるままに近づいて、膝をついて向かい合う。
 彼はするりとレオの左腕を撫でる。
「寒くない?」
「全然」
「俺から触ってみても?」
「どうぞ!」
「いくよ」
 さきほどレオがしたように、指でつんつんとつつく。
「どう? 大丈夫?」
「うん。今のところは」
「嫌だったらすぐに言いな。無理をしたら駄目だからね」
「はーい」
 布ごしに、指先が上から下へ。さらに輪郭をなぞるように撫でる。あくまでもソフトタッチで、優しく。むずむずぞわぞわするが、不快感はない。
「ひゃー」
「嫌? やめる?」
「そういうわけじゃ……。人に触られるの初めてで、未知の感覚」
「もう少しやる?」
「……うん」
 しばらく、くすぐるような柔らかい撫で方が続く。彼はレオの様子を注意深く見ながら、次は人差し指と親指で茎を挟み、二本の指を滑らせる。
「大きくなってきた。気持ちいい?」
「うん……」
「直でしても?」
「……今ならいけそう」
「えらいね」
 パンツを下ろして取り出し、掌で緩く握る。
 決して強い力ではなかったのだが、初めてそこに直接感じた他者の感触に、驚いてびくっとしてしまう。
「あっ……」
「痛かった?」
「ううん、大丈夫……」
「続けるよ」
 普段自分でするのよりも弱いくらいの力加減なのに、他人にされると想像以上の気持ち良さだ。これではすぐに出してしまいかねない。してもらうだけしてもらって、こちらからは何もしないまま終わってしまう。
「恭さんのも触る……」
「触れる? 無理しなくてもいいよ」
「無理じゃない。やってみたい」
 恭がレオのためにここまでやってくれているのだ。頑張らないといけない。
 下着の細いウェスト部分を持ち、おずおずと下にずらす。男なのだから、下着の中にこれが収まっているのは当然なわけで。でも、見てしまったということがいやに恥ずかしくて、頬が赤らむのを止められない。
 躊躇いを振り切るように、えいやと掴んでみる。触り心地は普通だ。
「おお……」
「……大丈夫?」
「平気! この後はどうすれば……」
「とりあえず真似してみて」
 性感を煽り立てるべく変化していく彼の動きを、なるべく忠実にコピーして、同じようにやってみる。
 直接的な刺激の他に、自分の手の中で大きくなっていくものの存在にも興奮を煽られる。平気、どころか楽しいかもしれない。
 言葉を発することもなく没頭していると、次第に頭がぼんやりしてきて、快感を追うことが今自分のすべきことの全て、というような感覚に陥ってくる。
「はぁ……ん」
「……こういうのは?」
 腰に恭の腕が回る。引き寄せられ、下腹部が密着した。
 ——熱い……。
 押し当てられたそれは、熱くて、硬くて、先っぽの艶がいやらしくて。
 彼は裏筋と裏筋を合わせ、まとめて握る。貪欲に刺激を求める箇所同士の接触。脈も息もさらに速くなる。
「レオも握って。一緒に……」
 言われたとおり、彼の手に自分の手を添えた。

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