(番外編)恭とレオ

 ——どうしよう。どうしよう。気持ちいい。
 さっきの擦りあいっこも充分すぎるほどよかったけれど、こんな風にくっつけあってすることで何倍も、何十倍もよくなる。えも言われぬ昂揚に包まれ、それを共有したくて顔を上げると、見たことのない熱っぽい目がこちらを見ていた。
 吸い寄せられるように唇をあわせる。この時はそうするのが一番自然に思えたのだ。
 夢中で交わすキスの間、彼の濡れた掌が先っぽ同士を擦りあわせる。
「あ、だめっ……」
 極まりかけていたところに追い打ちをかけられて、我慢の限界が来た。恭にしがみつきながら勢いよく精を吐く。どくどく、どくどく、いつもより量が多い。
 脱力して肩にもたれかかると、未だ萎えない彼のものが目に入った。
「恭さん、まだ……」
「ごめん。もうちょっとだから。手伝って」
「うん」
 片手で抱きあいながら、恭のを一緒に扱く。「もうちょっと」という自己申告どおり、そう時間もかからず彼も達した。レオの手にも腹にも飛んできたが、不思議とそれを気持ち悪いとは思わなかった。
 終わりにもう一度キスをして、恭はティッシュの箱を取ってくれる。各々汚れたところを拭いていると、彼はぼそっとこぼす。
「……初っ端からやりすぎたかも」
「ん?」
「いや……、どうだった? 大丈夫?」
「すっごく気持ちよかった! 恭さんすごい」
「そう。それならいいんだけど。……うーん、この子ちょっと心配になるなあ」
「へ?」
「なんでもなーい」
 彼は陽気に笑って、レオの背を叩く。
 今回、この頼りになる先輩が協力してくれたお陰で判明したことがある。
「こんなことができるんだから、やっぱり俺、『そう』ってことか……」
「今日は雰囲気に流されただけかもしれない。決めつけるには早いよ」
「他にどう確認すれば?」
「俺に考えがある。乗りかかった船だし、手伝うよ」
「これ以上はさすがに迷惑なんじゃない?」
「いいってば。俺が協力しなかったらどうするんだよ。他の奴探すのか? 応じる奴は少ないだろうし、応じる奴がいても危険な目に遭う可能性もある」
「危険な目って?」
「レオの嫌がることを無理矢理してきたり」
「それは怖い」
「だろう? だから、俺にしとけって。優しいよ、俺は」
 恭がそれでいいと言うなら、こちらとしては願ったり叶ったりだ。
 いやはや、相談したのがいい人でよかった。恭はこんなに親身になってくれているわけだし、任せておけばいい、はず。多分、いや絶対。
「かたじけない。是非お願いします」
「よろしく」
 真っ裸のまま握手を交わした。

 そうやって、恭に確認の協力をしてもらうこと数回。この日もアルバイト終わりで恭のマンションへ来ていた。
 レオがお土産にコンビニで買ってきたシュークリームを食べたあと、テレビを流し見しながら、それぞれスマホを弄ったり雑紙を開いたりする。
 ——もうそろそろかな……。
 さきほどからレオの膝の上に置かれていた彼の手が、太腿を撫で始めている。
 確認のためとはわかっているけれど、近頃は行為自体が楽しみになりつつある。あんなに気持ちいいこと、他の誰もしてくれない。
 悪戯好きの手に自分の手を重ねてみると、指が絡まり、握り込まれる。
「なに、レオ、どうした?」
「今日もする?」
「もちろん。もう抜き合いっこには慣れた感じ?」
「そう……かな?」
「そうだと思うよ。戸惑いが減って素直に気持ちいいことを追いかけてる」
「うー。もうこれは確定……」
「まだわかんないよ。要はさ、セックスできるかどうかだから。こういうのは」
「せ……せ?」
 自分では口にしたことのない単語がさらっと飛び出す。固まって反応を返せずにいると、恭はずいっと顔を近寄せてくる。
「そろそろ次のステップに進んでみようか」
「え、でも、せっ……くす? するの? え?」
「大丈夫大丈夫。俺、上手いから。任せといて」
「任せるったって……」
「それじゃ、さっそくお尻、綺麗にしよっか」
「……もしかして、俺が女の子側?」
「うん」
「いやいやいや、無理! 無理だから!」
「知らないの? 衆道文化では年上がタチだって決まって」
「いつの時代? 恭さんの何回も触ってるからわかる。あれは入らない」
「入るよ。責任持って開発するから。痛い思いはさせない」
 自信満々に言われても、無理なものは無理である。ぐいぐいと迫ってくるのを何とか押し返そうと試みる。
「でも、さすがにそこまで身体を張らせるのは申し訳ないっていうか。だからこれまで通りで」
「えー。すっごく気持ちよくするよ? 抜き合いっことは比べ物にならないくらい。中とろとろにしてから、いいとこ突きまくったら、男でも声止まらなくなるくらい気持ちいいんだって」
 耳元で囁かれる甘美な誘惑。気持ちいい。——あれより?
 レオは誘惑に弱い、というのは、自分でも認めざるをえない。
「……そんなに?」
「うん。もし無理ってなったら、途中でやめてもいいし。やる前から無理と決めつけるのはどうかなあ。ちょっとだけでもチャレンジしてみない?」
「……ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ、ちょっとなら……」
「おー、えらいえらい」
 話はさらにおかしな方向に転がっていくのだった。

 結局、「無理!」とはならずに最後までできてしまった。それからずるずる関係を続けてしまっている。
 毎回巧みに言いくるめられている気もするが、いつでも逃げる余地は残されていた。断固として拒否しなかったのは嫌ではなかったからだ。
 ——それもこれも、気持ちよすぎるのが悪い……。
 自分で上手いと言うだけのことはある。今ではもう性的指向の確認という当初の目的などどうでもよくなってきていた。
 二ラウンド、プラス追加の一ラウンドが終わり、ベッドの上で上体を起こして、恭が持ってきてくれた水を飲む。
 彼はまだ下着一枚でうろうろしている。わざと見せつけているに違いない。ああ、もう、くやしいな、ほんと。女の子のグラビアよりよっぽど——。
「うぅ、やっぱエロい……」
「んー?」
 独り言を聞きつけ、風呂場のドアを開けかけて戻ってきた恭は、隣にどさっと腰を下ろす。
「よし、付き合おう」
「恭さん、ずっとそれ言ってるけどさ」
 どこまで本気なのやら。初めて完遂できた日に言われたのが最初だ。ぐったりとしているレオに、彼は言った。「無事にセックスできるってわかったことだし、俺たち付き合っちゃう?」と。
 なんというか、ノリが軽い。あれから毎回、「これから夕飯食べに行く?」と友達を誘うような調子で言うのだ。
 恋人同士のお付き合いというのは、当然お互いがお互いに恋をしているというのが前提にある。でも、自分たちの間には恋という言葉が持つ甘さは存在していないように思う。
 煮え切らない態度のレオに、恭は不満げだ。少々大袈裟に唇を尖らせる。
「ひどい。俺って身体だけの男? 弄ばれてる!」
「え、そんなつもりじゃ」
「気持ちいいことだけしたくて、恋人っていう枷は嵌められたくないってことだろ。いいように弄ばれてるんだ。俺は悲しい」
 泣き真似まで始めてしまった。
 作戦を変えてきたか? 下手な芝居だが、後ろめたさを抱かせるには充分だ。
「……付き合うっていったって、ほんとに俺でいいの? 恭さんモテるのに」
「言っただろ、レオは俺の好みだって」
「こっちの相田よりあっちの相田って言われまくってきた人生だから、なかなか信じがたい……」
「俺は『こっちの相田』がいいんだよ。お前の兄貴みたいな見た目だけ爽やかなクソヤリチンは対象外だし、弟みたいなあざとかわいいタイプも苦手だし」
「ナオ兄ってヤリチンなの? 知りたくなかった……。てか、ミオは別にあざとくないし」
「俺にはあざとく見えるな。自分が可愛いってわかってて、それを上手く利用してる感じ」
「そうかなあ」
 ミオは確かに可愛いが、謙虚で慎ましいと思う。だから皆に愛されるのだ。時折顔の良さを僻んでみても、兄としてはそう思う。
 腕を取られ、ぐいぐい引っ張って揺さぶられる。
「わあー」
「なあ、いいだろ。付き合ってくれたら、今穿いてるパンツあげるよ。パンツ好きだろ」
「え、いらない……。恭さんが穿いてるからこその良さであって、単体でもらっても」
 使用済みパンツをどうしろというのだ。洗ってまた使えと? レオはあんな実用性のなさそうなパンツなんて穿かない。
 恭は重い溜息をつく。
「この手でも駄目か……」
「そんなに俺と付き合いたいんだ?」
「付き合いたい」
「純粋な疑問なんだけど、なんでそこまで?」
「俺はさ、相手の子が他の奴と寝るとこを想像して、嫌だなと思ったら、とりあえず独占するために付き合うことにしてるんだ。だから……」
 これが本音だな、多分。理想的な告白には程遠いが、ただただ付き合ってと言われるより理解しやすくはある。
「俺、他にする人なんていないよ」
「そんなのわかんない。これから出てくるかも」
「うーん、俺も嫌かな。恭さんが他の人としてたら」
「それならいいじゃん。そんなに構えずに、気楽な感じでさ」
 気楽に……気楽に。大人ならそんな恋愛もありなのかな。レオも大人の階段を上るべき時なのか?
 ——それに、兄弟より俺がいいって言ってくれた人、初めてだし……。
「……しょうがないなあ。わかった」
「ほんと?」
「俺は高校の時初めての彼女に一ヶ月で振られたぐらいの恋愛スキルしかないけど、それでもよければ」
「いいよいいよ。うちは初心者歓迎だよ」
 ぎゅっと抱き寄せられ、顎に指が添えられたので、目を閉じる。
 とりあえず、まあ楽しくはなりそうかな。

予期しない問題が発生しました。後でもう一度やり直すか、他の方法で管理者に連絡してください。
1 2 3