(二)夏——初蜜

「ここもびちゃびちゃだ」
 口淫の時にされたのように、割れ目を撫でる指。そのうちの一箇所がぐいっと押され、指先が少しだけ沈む。
「ひゃっ……」
「何のためにここが濡れてくるのか知っているか?」
目合(まぐわ)い……?」
「驚いた。それは知っているのか」
「母さんが教えてくれたんだ。生きていくために必要なこと、いろいろ。料理とかお針とか手習いとかもそうだし、そういうことやり方も……。ここは入れるのところなのだろう。したがる奴がいても、心を預けられるような相手でなければ、絶対に許しちゃ駄目だって」
「そうか。多江(たえ)が……。精通や自慰のことは女人には説明が難しかろうなあ。しかし、そなたが教えてもらったことは、それより大切なことかもしれん。誠に良き母君だな」
「うん……」
 自分には一生縁のないことだと思っていたけれど、まさか裸で秘部を露わにしている姿を他者にさらす日が来るなんて。
 また羞恥に襲われて、掌で顔を覆う。閉じかけた足を、スイは押しとどめ、女陰に置かれた指をさらに押しつける。
「私に触れられるのはどうだ。ちゃん嫌だと言わないと指が入ってしまうぞ」
「スイならいいよ。恥ずかしいのに、今触られたくて触られたくてたまらなくて……」
 心を預けられるような相手、なんてスイ以外にいないし、この先も現れる気がしない。許してもいい。何もかも全部。自分の意思を伝えるために、足に置かれている方の彼の手を握る。
 彼は微かに目を見開いたあと、困ったように笑う。
「まずいな。二人で擦りっこでもして終わるつもりだったんだが」
「入れたくなったってこと? 僕のここ、ちゃんと興奮する?」
「正直すごく。性衝動とはこういうものなのか……。試しにこのまま指だけよいか。痛かったらすぐにやめよう」
「うん、して」
 指が一本中へ。肉を掻き分けてじりじりと進む。陰茎への愛撫もしながらだったから、それで大分気は紛れた。
「よう濡れているから意外とするする行くな。レン、痛みは?」
「大丈夫……」
「よかった」
 ゆるゆる出し入れして徐々にほぐしていく。異物を咥えこむ変な感じはあるが、不快感はない。
 ——スイの指、僕の中にある……。
 それを嬉しいと思うのは、この身の内に確かに存在する女としての本能か。
「うぅ……」
「今締まった」
「スイと繋がっているんだなあって」
「……どこでその色香を拾ってきたのだ。この山に落ちているとは思えんが」
「拾い食いはしてないよ」
「そうだろうとも。余裕があるようなら指を足すぞ」
「うん」
 二本になると、明らかに圧迫感が増す。しかし、どうにかこうにかいけないこともなさそうだ。
 スイはほう、と溜息を漏らす。
「あったこうて柔らこうてぬるぬる絡みついてきて……。さぞかし気持ちよかろうなあ」
 交わりを想像しているのだろうか、もしかして。
「いいよ……? したいことをしても」
「でもまだ早い……、いや、うーん……。少しまじないでもするか」
「まじない?」
「交接が楽になって気持ちよさが増すおまじない」
 指を抜き、レンの額に口づける。
「これが?」
「ああ」
 続いて唇にも口づけ。何度か付いて離れを繰り返し、半端に開けた唇から舌が差し込まれる。それは頬の裏側や歯の境、口蓋を味わい尽くすように動いた。
 舐められて気持ちいいのは、性器だけではないみたい。腰の辺りが甘く痺れ、身を捩る。
 頭がふわふわしてきた頃に、やっと出て行く。
「……おまじないって濃厚なんだね」
「口にしたのはただの接吻」
 唾液でべたついたレンの口元を指で拭い、スイは上体を起こす。足を持ってレンを引き寄せると、膣口に先っぽ——二本あるうち下に付いている方の先端を当てる。
 いよいよか。心の準備をする暇なんてなかったけれど、きっとこれでいいんだ。
 レンの腰から脇の下にかけて、彼は掌を滑らせる。それにさえ感じてしまう。
「そなたも悪い男に捕まったものだなあ」
「スイは悪い人じゃ……」
「すまんな」
 ぐっと狭い口が開かれる。入ってくる。途中までゆっくり、あとはぐいっと突かれた。
「ひっ……ぁ」
 おまじないのおかげか痛みはないが、強い衝撃だった。
 彼の吐息が聞こえる。
「欲がこんなにも制御しづらいものだったとは……」
「スイー」
「つらいか?」
 問いかけに首を振る。こちらに顔を寄せてくれたので、背に腕を回して抱きつく。
「またそんな可愛いことをして。知らぬぞ」
 ずるずる抜けていって、突き上げられる。その繰り返し。乱される。腹の内から。
「あ、あ、ねえ……」
「ん?」
「なんかむずむずぞくぞく、して……」
「よくなってはきているのか」
 心持ち速くなる出し入れの動き。挿入されていない方の陰茎がレンのと擦れて、どちらも気持ちいい。
「愛液がどんどん溢れてくるな。聞こえるか。そなたの音だ」
 おと? なにそれ。それどころじゃない。
「スイ、こわい、変……、変だよ」
「怖い? 止めるか?」
「やだ、やめるのやだ……」
「目をつぶって私にしがみついているといい。怖くない、何も」
 唇に、頬に、耳朶に口づけられる。これもおまじないなのかな。怖いのが薄れていく。
 中をぐちゃぐちゃに掻き回され、目の前の快感を追うので精いっぱい。滝壺に引き込まれて溺れている気分だった。それなのに、勃ち上がってはち切れそうに膨れたものを、彼はさらに扱き出す。
「だめっ、だめぇ……、強い、あっ」
「やだ?」
「やだぁ、おかしい、とける……」
「一緒に溶けようなあ。そなたが果てれば私もいこう」
「スイ……っ」
 たまらず精を飛ばす。
 それから二、三往復した後、唐突に抽挿が止まり、体内でどくどくと脈動を感じた。中で出されるとこんな感じなんだ。入れられていない方も達したようで、胸の方まで飛んできていた。
 落ち着いて見えたが、スイの息も荒く、乱れた髪が頬や喉にかかっている。彼が中から出ていくと、穴からどろっと溢れ出てきたものがあった。スイの精、たくさんの子種。こぼすのはもったいない気がして、力を入れて穴の口を締める。
 布団はレンが占領しているため、彼は畳の上に大の字になって寝転んだ。彼が疲れた様子なのは初めて見たかも。投げ出された掌をつんつんつつく。
「布団濡れた……」
「干しておかんとなあ」
「今度から何か上に敷いておくべきかな」
「またしてよいのか」
「まあ、気持ちよかったし……。次はもう一方のも入れてみたい」
「やる気満々だなあ」
 ぐるぐる転がってこちらへ来ると、彼はレンの細い腰を抱き寄せ、頭に頬を擦りつける。
「ありがとう。こんな満たされた気持ちになるのは初めてだ」
「大袈裟」
「本当のことだよ。私の心はいつも穏やかだったが、それは深い喜びも怒りも悲しみも、ずっとずっと遠ざけて生きてきたからだ。最近になってそう気づいた」
「喜びと……怒りと悲しみも? 最近何かあったの?」
「多江が亡くなった時は悲しかったなあ。人はこんなにもあっけなく突然に、命の灯を消されてしまうものなのかと思った。そのときそなたの側にいてやれなかったのも情けない」
「母さんが死んだのは最近じゃないよ。あのときは、なんで来てくれなかったんだってスイを責めたけど、仕方なかったって今はわかってる。スイにはスイの生活があるんだし、僕らにばかり関わっていられなかったろう」
「それでも側にいたかった」
「うん……。ありがとう。その気持ちは嬉しい」
「レン」
 彼はレンの両手を取ると、甲に唇を押し当てる。それはおまじないというか、何かの神聖な儀式のようで。
「そなたのことは私が守る。生涯に渡る加護を約束しよう」
「……やっぱり大袈裟」
「そういうわけでもないのだがな……。人は美しく、そして時に悪意に満ちて、ひどく醜いものだ。そなたには守る者が必要なのだ」
「僕には難しいよ」
「わからなくともよい」
 くしゃくしゃと頭を撫でる。
「眠そうだ。目蓋が下がってきておる。昼寝をするか」
「でも、布団……」
「よいよい。私がやっておいてやろうなあ」
「西瓜も、きっと蟻が」
「そっちもやっておくよ。安心してお眠り」
 安心、そう安心する。この人がここにいるというだけで。涼しげな風鈴の音を聞きながら目を閉じた。

 茸ご飯が食べたいとスイが言い出したので、この日は一番目に茸採りに行くことになった。この山では今の時期でも美味しい茸が採れるのだ。生えている場所は大体把握しているため、手際よく集めて籠に入れていく。
 彼は茸採りは初めてだという。どこから採ってきたのか、見たことのない赤い茸を持ってきて、「毒はないはず!」と言い張っていたが、知らない茸は非常に危険だ。籠の中に入れられるのは阻止した。
 あれやこれやと言いながら歩くのは楽しくて、つい家から離れたところまで来てしまった。手持ち無沙汰なのか、スイは落ちていた枝を拾ってくるくる回す。
「随分下まで行くのだな」
「いつもはこんなところまで来ないんだけど……。……ん?」
「何か聞こえるな」
「そうだね」
 山はいつも静かだったが、この日は遠くの方から笛や太鼓、(かね)の音が流れてきていた。足を止める。
「お祭りかな? 耳馴染みのない音色だ」
「おそらく異国の音楽であろうな。熱心に祭りの準備を進めているようだったぞ。村のあちこちに暮々是の名が書かれた幟が立っていた」
 暮々是、異国の神。そんなものに浮かれる人々が、無性に腹立たしい。

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