(1)仲間を探して

「わぁ……」
 まさしく始める直前か。展開が早すぎる。
 リタは故郷にいた頃、男同士の些細な猥談にすら頬を染めていたのだ。こんなこと望んでするわけがない。焦って窓を叩こうとしたところ、アルの方と目があった。その瞬間、なぜか身体が動かなくなる。首を回すことさえできない。
 ——……どうして。
 幸せそうで蕩けそうな顔をするリタが男と交わりあうのを、じっとそこで見ていた。

 戻っても身が入らず、一日の売り上げ目標は達成できなかった。
 あれはいったいどういうことだろう。リタが恩人の男と寝ていた。リタに拒絶を示す素振りは微塵もなく、喜んで受け入れているようだった。相手も手荒なことは一切せず、リタを優しく愛していて——。
 もしかしてももしかしなくても、恋人なのか? リタだっていつまでも子供ではないのだから、恋人ぐらいできてもおかしくはない。それなら市場でのあの距離感も納得できる。攫われて異国に連れて来られ、助けてくれた男と恋仲に、ありそうな話だ。
 ゼノはリタを見つけ出したら、当然のように故郷へ連れて帰るつもりだった。仲間たちともそう約束した。しかし、リタは帰りたがるだろうか。恋人と過ごす、ゲオルトでの豊かな生活を捨ててまで?
 宿の近所の食堂で夕飯を取っている間も、ずっとぼんやり考え込んでいた。ナジの声で現実に戻される。
「……ゼノ!」
「え……、あ、ナジさん。どうしました? 酒ですか?」
 ガタッと立ち上がる。ナジはテーブルに肘をついて溜息をもらす。
「違う。食事はもう終わった。ウィンスはとっくに帰ったぞ」
 ウィンスがいるはずの席には誰もおらず、空の皿だけが残されていた。対して、ゼノの皿はほとんど手つかずのまま。すっかり冷めてしまっている。
「……ほんとだ。あ、俺、まだ」
「さっさと食え。部屋で待ってる」
「はい」
 ナジは三人分の支払いをして、さっさと出ていってしまった。味わうのは二の次にし、さっと料理を掻き込んで、大急ぎで店を後にした。ナジをそう待たせておくわけにはいかない。
 宿に着いてすぐ浴室を借りに行く。ナジの用件はわかりきっているので、身体を清めて準備をしておくのだ。
 いつものように、これからまたする。それは別にいい。そういう約束だから。どうせもうすぐ最後だし。
 探していたリタが見つかった、ということは、ゼノには行商を続ける理由がなくなったということだ。ベッドでナジの相手をすることは雇ってもらう条件で、行商をやめるとなれば、その約束も無効になる。
 どうせナジならすぐ新しい相手を見つけるだろう。彼のベッドに潜り込みたがる女はレレシーにはたくさんいる。行商に連れて行きたいのなら男だろうか。ナジならいいという男もそれなりの数いそうだ。
 ゼノはどうしようか。身体を洗いながら考える。人肌恋しくなりそうだから、やはり恋人はほしい。相手は女? 男? やっぱり女の子がいいか。でも、入れるものがついてないし、きっと満足できない。抱いてほしいなら男かな。身近な男友達で想像してみようとしてみたが、しっくりこず、気分が悪くなった。
 リタはいいな。ゼノも愛してくれる人がほしい。友達や家族としてではなく、恋人として愛してくれる人。気持ちの繋がった人と身体を繋ぐから、あんな幸せそうな顔をするのだ、きっと。
 なんだか虚しいような心持ちになり、項垂れながらナジの部屋をノックする。入れ、と短い返事があり、ドアを開けると、足を組んでベッドに座ったナジに出迎えられた。
 しかめ面の不機嫌モードだ。もしやこれからお説教か。今日はリタの件で気が動転していて、午後から色々やらかしてしまった気がする。おとなしくお叱りを受けようと、帽子を取って彼の前に立つ。とりあえず先に謝っておくか?
「あの……」
「お前、今日はどうした。何があった?」
「すみません。売り上げ、達成できなくて」
「何があったか聞いてる。休憩に出たままなかなか戻ってこなかったし、戻ってきた後ずっとボケッとしてたし」
「……その、実はリタに会ったんです。店番をしているときに。あいつ、この近所に住んでました」
「今日になって姿を現したって言うのか? 俺たちがここに来て、もうかれこれ一ヶ月近くになるだろう。もうこの街にはいないと踏んでたんだが」
「普段は青空市場の方に行くのかもしれません。食料品はあっちの方が充実してる」
「あっちでも網は張ってたんだけどな。なんでだろう、俺のとこに情報は引っかかってこなかったな。誰かが入念に隠してでもいるみたいだ」
「……ん? ナジさんも調べてくれてたんですか?」
「ああ。まさか気づいてなかったのか? しょっちゅう店空けてたろ」
「え、うそ、いつから?」
「最初から」
 ということは、これまでもずっと? 確かに店頭にいないことは多かったが、ナジはユリスに持って帰る商品を買い付けに行ったりもしているから、不在の間はそういう仕事をしていると思っていた。
「お前一人じゃとても探しきれないから、カバーしきれてない分はこっちでやった。それからついでに言うと、お前がこの二年で行ったゲオルトの街は、リタが攫われた後に奴隷市が開催されていた街かその周辺地区ばかりだよ。ゲオルトは広いぞ。当てずっぽうに攻めたって、見つかりっこない」
「……そうだったんですか。なんだ、言ってくれれば」
「逐一どこで何をするか教えて、店番ほっぽって付いてこられても困るからな。まあ、まさか全く気づいてないとは思ってなかったが」
 ゼノはずっと一人で戦っていたわけではなかったようだ。
 ああ、そうだ。この人はそういう人だった。行商を始めたのだって、レレシー住人に職人としての仕事を与えて生活を安定させるためだし、自警団として住人を守ってくれてもいるし、人一倍レレシーのことを考えてくれているのだ。ゼノ一人に住人の捜索を任せておくはずはない。
 なんだかナジに申し訳ないし、恥ずかしい。
「ありがとうございます……」
「レレシーの仲間を守るのは俺の役目だから。で、リタはどうしていた?」
「こっちで親切な人間に出会って、助けられて、今は元気でやってるって言ってました。でも、どうしても心配で、俺、こっそり後を付けて……」
「で?」
「結局家までついていったんですけど、そこで見ちゃって。こっちで世話になってるっていう男と、その」
「何だ、はっきりしろ。人間に虐待されてたのか。それを助けられなかった? だから落ち込んでる?」
 ゲオルトは獣人の奴隷が売られているような国だから、虐待というのも起こりうる話だろう。しかし、今日目にしたあの二人は、それとは真逆の関係に思えた。
 あの状況を口にしづらく、不自然ではない程度に視線を彷徨わせる。
「虐待では……。なんというか、家に帰ってすぐ交わり始めてびっくりしちゃって」
「慰み者にされてたってことか」
「いや、そんな感じじゃないんです。リタは全然嫌がっているようには見えなくて、気持ちよさそうにしてたから、あの人は恋人なのかも」
「なんだ、戻ってくるのが遅かったのは、ずっと覗いてたからなんだな」
「だって、なぜか突然身体が動かなくなって、見てるしかなかった……」
「なるほど。お友達のセックスを思い出して、そんなになってるわけか」
 股ぐらをぐっと掴まれる。真面目な話をしている最中だっただけに、飛び上がるほど驚いた。
「あっ……」
「お友達は『気持ちよさそうに』何をされてた? 羨ましくでもなったか」
「……そんなんじゃ」
 ただただショックだっただけだ。羨ましかったわけでは——、いや、あんなふうに愛してくれる人がほしいと思ったのだから、羨ましいのか。
「脱げよ。お望みのもの、買っといてやったから」
「お望みの?」
「さっさとしろ」
 どうせそのつもりだった。下着まで全て脱いでベッドに上がる。ナジもだ。
 ランタンの明かりの中、ナジの肌や毛並みに映った橙色が、炎に合わせて微かに揺れている。手に入れたいような、手に入らないからこそ美しいような。この人から心も身体も愛されるって、どんな感じだろう。
 彼はゼノを仰向けに横たわらせると、枕元に置かれた瓶を手に取る。細工の施されたくすんだ金色の瓶。蓋を開け、掌に中身を垂らす。香油だろうか。部屋に広がる花の匂いは、リタから香ってきたものと同じだ。
「この花の精油には催淫作用がある」
「サイインって?」
「欲情して、やりたくてたまんなくなるってこと。特に獣人には効きがいいらしい。発情期の雌猫みたいになるんだと」
 そんな怪しげなものが、なぜあんな大衆的な市場で売られているのだ。まったくけしからん。そのけしからんものを、ナジはゼノに試すつもりらしい。
「そんなの危険なんじゃ……」
 やめてくれと目で訴えたが、伝わっていないのか、伝わっていて無視されたのか、聞き入れられなかった。
 胸元から腹にかけて掌がゆっくりと滑り、たっぷり広げられる。ぬるぬるつやつやでいい匂いになった肌は、心なしかいつもより美味しそうに見えた。刺激で硬くなった乳首に指先で念入りに塗り込められ、たまらず身を捩る。
「やっ……」
「結構な値段したんだから、たっぷり楽しめよ。お前のために買ったんだ」
「いい、いらない、普通でいいです……。なんか熱い、なにこれ」
「だから、そういうやつなんだって」
 しつこく乳首ばかり捏ね回され、じりじりと熱が溜まっていく。切なくて、足をもじもじ摺り合わせた。
 多分、これまでの傾向として、勝手に触れば怒られる。でも、触りたい。堪えきれずに下へ手を伸ばしたが、案の定払いのけられてしまった。
「ちょっとは我慢しろ」
 ナジはゼノのシャツを拾い、それを使って両手首を一纏めに縛った。初めてのことではないから驚かない。ナジは支配欲を満たすようなやり方が好きなのだ。
 半勃ちになったゼノのものに、香油が瓶からたらたらかかる。根本まで滑り落ちてくるにつれ、徐々に蓄積されていた熱が一気に膨れ上がった。
「わあ、やだ、やだ、あつい……っ!」
「だろうな」
「触って……!」
「我慢しろって言っただろうが」
 懇願するゼノから離れていき、彼は椅子を引っ張ってきて腰掛ける。
「そのまま。俺がいいって言うまで」
「ナジさん……っ、やだ、なんで。意地悪しないでよ。今日の売り上げ悪かったから?」
「お前はいつもそんなに良くはないだろ」
 事実は事実なのだが、不意に突きつけられるとダメージが大きい。単にゲオルト語が不得手なだけだ。ユリスの言葉で勝負すれば、もっと売り上げも良くなっていたはず。……多分。
 売り上げが悪いことに対するお仕置きじゃないとすれば何なのだろう。ゼノは何をやらかした? お釣りを多く渡したのか、はたまた商品を渡し間違えたのか。——気を逸らすようなことを考えてみても、熱は去っていかない。
 焦らされてなかなか与えてもらえないのは、プレイとしては何度かされたことがあるけれど、そのときはこんな怪しげな香油なんて塗りたくられていなかった。同じように我慢なんてできない。
 肘をついて体勢を変えようとしたところ、すかさず咎められた。
「そ、の、ま、ま。擦りつけていこうとするなよ。上手に待てができたらご褒美な」
「……うぅ」
 ナジはただただじっと見つめてくる。奥に暗い色を隠し持つ、深い青の瞳。奥まで引きずり込まれそうで怖くて、でも目が離せない。見られているというだけでぞくぞくして、腰をもぞもぞ動かしながら耐えた。ご褒美がほしい。中をいっぱいにしてもらうの、大好き。
「ナジさん、ナジさん……」
「お前、涙目になってんの、ほんといいな」
「ひどい」
「お前だって好きなくせに。たくさん我慢したら、気持ちいいの何倍にもなるぞ」
「わけわかんなくなっちゃうからぁ」
「それの何が嫌?」
「みっともなくて呆れられちゃう……」
「呆れない。全部見せろ。お前はもっと俺に懐くべきだと思うね」
 またよくわからないことを。懐くって? 従順にしているつもりだが、足りないのだろうか。
 ナジは素足を組み替える。
「なあ」
「……」
 次は何を命じられるだろう。全身を耳にして次の言葉を待つ。言ってよ。ゼノは何をすればいい?

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