(1)仲間を探して

「リタのこと、どうするつもりだ」
「え……」
「ユリスに連れて帰るのか」
 今しなければならない話なのかと思ったが、答えなければ「待て」の時間が追加されそうだ。
「わかりません……。そうしたいけど、リタは帰りたがらないかもしれない。なんにしろ、改めてゆっくり話をしなきゃとは思っています」
「で、その後お前は?」
「俺ですか?」
「リタを探し出すという目的が達成された後、お前はどうするんだ」
「さあ……、とりあえず新しい仕事見つけなきゃいけないですよね。また薬草作りの手伝いでも……。……ねえ、いつでもいいでしょ、こんな話。ナジさん……」
「やめるつもりなんだな、この仕事」
「まあ、はい、これ以上ナジさんに迷惑かけられないし……」
「ああ、そう」
 立ち上がってベッドへ近づいてくる。やっと触ってもらえるのか?
 ナジは無言のままゼノをうつ伏せにし、尻を上げさせる。少々乱暴に尻尾を掴み上げ、香油でぬめった指を穴に沈めた。むせかえるように強い花の香りが、ゼノを中から犯していく。外側からも内側からも熱い。
 早く、早く、お願い。ここの奥まで埋めて。この疼きを止めて。きゅうきゅう締めつけて催促する。
 指が抜けていって、そのまま貰えるのかと思いきや、ナジはその場から一歩下がる。
「……え」
「もう一度聞く。リタの件が片付いたら、その後お前はどうするんだ」
「だから、また新しい仕事を探すところから……」
「強情だな。今はおねだりするときだろ。俺が気に入るような可愛い答えを言えないもんかね」
 いったい何だって言うんだ。今日のナジはおかしい。ゼノに何かできないことがあって怒っているようだが、何を求められているのかわからない。
 黙り込んだゼノに焦れて、ナジは床に落ちた自分のシャツを拾い上げ、羽織り始める。
 どうして。信じられない。ゼノをこのまま放っていくのか? 転がり落ちるようにベッドから降りて、よたよたと追いすがる。
「ナジさん、お願い……。何でもするから」
「そんなにご褒美が欲しいか」
「……うん」
 ナジの真正面で膝立ちになる。目の前に来た性器に恭しくキスをした。ナジが何も言わないので、口に含む。まずは先っぽをぺろぺろと舐めてから、口をすぼめて頭を前後させる。
「そんな下手くそな奉仕で見返りがもらえるとでも?」
「でも、おっきくなってる……」
「香油の匂いのせいだ」
 そうだ、それだ。ナジだって獣人なのだから、香油の効果は大きく出るはず。でも、両手が不自由なのをどうにかしないと。いったん口を離す。
「ねえ、これ、取って。手も使いたい」
「自分のは触るんじゃないぞ」
「はい」
 意外なことにすんなり聞いてもらえた。縛めの解かれた手で、自分の胸元についた香油を取り、ナジのそれに塗りつける。つやつや光って綺麗で、とびきりいやらしい。
「おい」
「ほしい……。ねえ、熱くなってきたでしょ?」
「……お前が悪いんだからな。俺が満足するまで付き合えよ」
「うん。早く、お尻切ない」
「ああ、もう……」
 ゼノを抱え上げてベッドへ放り投げる。直後に乗りかかってくる男の重み。噛みつくようなキスは、求められていることが伝わってくるようで嬉しい。
 足を抱え上げられて穴が晒され、向かい合わせの体勢で入ってくる。
「あんっ」
「中もあっつ……」
「もっとゆっくりぃ……」
「ほしいほしいって駄々捏ねたのはお前だろ」
 遠慮のない出し入れの動き。香油が中で掻き混ぜられて、ぐちゅぐちゅと音を立てる。欲しかったもので埋めてもらえて、足先まで震えが走るほど全身が喜んでいるのがわかる。
 頬にかかった水滴はナジの汗だ。今この時だけはゼノに夢中になってくれているのかな。気持ちいいの、と尋ねるように、ナジの獣の耳からその下に続く髪を撫でると、尻尾をゼノの足に絡めてきた。肯定の返事なのだろうか。
 反らせた喉に歯を立てられ、たまらなくなって、声が漏れ出るのを止められない。
「や、……ふあっ」
「声でけぇよ。ウィンスがまた来るぞ」
「またって……」
「気づいてなかったのか。あいつが時々覗きに来てること」
「え……?」
「見せてやりゃいいだろ。あいつはどこにも発散する先がねえんだから」
「やだ……、やだ……」
 こんなにみっともない姿、ナジに見せるのだって恥ずかしいのに、他の人になんて。
「やめてもいいのか?」
「それも嫌……、あぁっ」
「……あ、扉、開いてる」
「え……」
「また覗いてるな、ありゃ」
 ランタンの明かりは扉の近くまでは届かない。ゼノには暗闇が見えるだけで、果たしてそこにある扉が開いているのか閉まっているのか、判断がつかない。でも、言われてみれば開いている気がする。あの隙間から、ゼノの痴態の一部始終を観察している?
「見ないで、やだ!」
「暴れんな。嘘だよ、バカ」
 振り上げた腕をベッドに押さえつけられる。
 何が嘘? どこから? ——ああ、もうどっちでもいいや。この人の与えてくれる、強烈でどこか甘い感覚にだけ溺れていたい。
「ナジさん、ナジ……」
 ゼノも尻尾を足に絡めてねだると、口づけをくれた。美味しい。ずっと食べていたい。
 遮られることなく上り詰め、溢れ出る瞬間、ぎゅっとナジにしがみつく。
「あっ……あ……」
「……ん」
 ナジも達したのがわかった。同時だった? ゼノの方が早かった?
 中で出されているときのドクドクと脈打っている感じも、とても好きだ。自分がいかせたんだという達成感というのか。
「……いっぱい出てる」
「搾りすぎ……」
「昨日もしたのに」
「お前もだろ」
 しがみついたままのゼノの腕をどかせると、すぐに中から出て行ってしまう。尻に生温かいものが広がった。
 両手両足を広げたままベッドを占領するゼノを、ナジは押して詰めさせ、できたスペースに横たわる。
「なあ、ゼノ」
「……はい」
「やめるな」
「何を……」
「行商」
「……ん? 俺はもともとリタが見つかるまでのつもりで……」
「自分からやるって言ったことを無責任に投げ出すんじゃない」
「でも、一年経たずにやめる奴もいますよね?」
「嫌なのか?」
「そういうわけじゃ」
「ならやめるな」
 ゼノの頬を摘まみ、つねってくる。
「いひゃい」
「生意気なんだよ、お前は」
「……どこがです?」
「こういうことを俺に言わせるな」
 こういうこと、とは、行商をやめるな? どうして言いたくないんだろう。売り上げが悪いのにゼノが調子に乗るからか?
 もしかしたら、今人手が足りないのかもしれない。ゼノみたいなのでも、寝床では使えるし、いないよりはマシなのかも。引き留められたのは行商としての実力が認められたわけではないぞ、調子に乗るな、ってことか。うん、そんな気がしてきた。
 考え込むゼノの頬を、ナジはよりいっそう強く摘まむ。
「絶対わかってない……」
「うぅ……、なにが」
「もうこれ以上言わん。馬鹿馬鹿しい」
 肩を持って横向きにされ、背中から抱きしめられる。耳元に彼の吐息を感じた。
「……もう一回?」
「何回になるかはわからん。お前は足りたのか?」
「ううん……。まだなんか身体が変」
 花の匂いが部屋中に濃く漂っていて、達したばかりなのにまたもやもやしてくる。
 舌が首筋を這い、甘ったるい期待が熱を煽る。
「ナジさん……」
「一晩中ハメてたい気分」
「明日も仕事が」
「さすがにやるわけねえだろ。レレシーに帰ってからだな」
 不安なような楽しみなような。
 上になった方の足を持ち上げられ、そのまま先端が潜り込む。今度はじわじわゆっくりと。先ほど注がれた精液でどろどろになっている中を進んでいく。
 掌で口を押さえて声を堪える。
「何をしている」
「またうるさくしちゃう」
「しろよ。ウィンスは来ねえよ。嘘だって言ったろ」
「ナジさんが嫌そうだったから……」
「全部聞かせろ。お前が気持ちいいときの声」
「……はい」
 彼がこの関係をすぐに終わらせるつもりがないことに内心安堵しつつ、与えられるものに素直に酔った。

 翌日。午前中店は休みにすることになった。「どっかの誰かさんがうるさくて、寝不足だから助かった」と嫌味たっぷりにウィンスから言われた。
 何のための休みかといえば、リタを訪ねて話をするためだ。ゼノはリタが店に来るのを待つつもりだったが、直接家を訪ねた方が早いとナジが言い出した。一緒に来るつもりらしい。
 青空市場へ寄り道した後、二人でリタの住処にやって来た。あの人間の同居人は在宅しているだろうか。昨日ゼノがこの家を覗いていたことは、目があったので恐らくバレている。咎められるかな。そうしたら、リタが心配だったと正直に言って謝ろう。それしかない。
 意を決して玄関扉を叩く。しばらくしてリタの声がした。
「はい、どちら様ですか?」
「リタ、俺だ。ゼノだよ。話がしたくて……。ナジさんも一緒だ。開けてくれないか?」
「ちょっと待って。アルに聞いてくる」
 パタパタと足音が遠ざかっていく。
 幸い、待ち惚けを食わされることなく、足音はすぐに戻ってきて、扉が開いた。
「どうぞ。わざわざありがとう、ゼノ。……と、ナジさん」
「仲間の近況は気になるからな」
「ナジさんの情報網なら、僕の家まで調べられちゃうんですか?」
「まあな」
 ゼノが昨日尾行してこの家を突き止めたことを、ナジはバラさずにいてくれるようで、ほっとした。
「帽子、取ってくれていいですよ。アルは知ってるので」
 お言葉に甘え、居間に通されてすぐ、帽子を脱いで、ボタンのついたズボンの穴から尻尾を出した。締め付けから解放されて、手足と共に尻尾をぐっと伸ばしたり、バタバタ動かしたりしていると、行儀が悪いとナジに尻尾を引っ張られた。
 ソファに掛け、出されたお茶をすする。この家の主人は来ないつもりなのか、お茶のカップは三つだけだ。
 ナジを前にしてリタも緊張している様子で、場に奇妙な静寂が流れる。口火を切る役はナジが買って出てくれた。

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