(2)レレシーにて

「ほっといてください。ナジさんには関係ない」
 プイとそっぽを向く。ナジの溜息が嫌味っぽく聞こえて癇に障った。
「嫌なら嫌とその場で言えばいいんだ」
「できませんよ。俺には席取り合戦に勝つ力はない」
「何のことだ」
「皆ナジさんの隣に行きたいんです。俺の友達だって言ってました。でも、結局、選ばれるのはあんな風に美人で華やかな子なんだ」
「あいつらは別に俺が選んだわけじゃないぞ。勝手に纏わりついてきただけだ」
「ベタベタイチャイチャしてたくせに」
「してない。お前だってよく友達同士でじゃれてるだろ。あれと同じだ」
「全然違います! 俺たちはお互い下心なんて微塵もないけど、あの女の子たちはナジさんのこと——」
「ああ、もう妬くな。あいつら蹴ってこっちに来たんだからいいだろ」
 ナジは床に座り込んだままのゼノを立たせ、柔らかく抱き寄せて背中をぽんぽん叩く。拒否するかどうかをこちらに委ねるような、優しい腕の強さ。彼の体温を感じることで、ぐらぐらになっている心は容易く揺れ動き、このまま甘えたくなる。本当に情けない。どうしてこんなに単純なのだろう。
 ——あいつらを蹴ったって……。
 それって「こっち」を選んでくれたということでいいのか? ナジの意思でゼノを——。
 ゼノがおとなしくしているのがわかると、ナジはゼノをベッドに座らせて自分も掛け、頬に残る涙をぺろりと舐めた。目元も、反対側の頬も。顔中にキスされているみたいでくすぐったい。
 その流れで、唇へキス。実に巧妙なやり方だと思ったが、なぜか抵抗する気は起きない。何度か触れあわせて、徐々に長くなっていく。口の中が気持ちいい。いっぱいしたい。はしたない欲が湧く。
 額と額をくっつけ、互いの息の温度が感じ取れる距離で、彼は囁く。
「安心しろ。俺はどこにも行かない」
「……本当?」
「ああ」
 嬉しい、とても。重苦しく暗い気持ちが薄らいで、切なく焦がれるような思いでいっぱいになる。
 自分の匂いを付けようとするように、ナジの首元に頭を擦りつける。
「……あのままずっとゲオルトにいられたらよかったのに」
「リタが恋しいか?」
「そうじゃなくて、旅先では席取り合戦なんかなく自然とナジさんの隣にいられたから。寝るときも起きるときも一緒で、世話焼きもして、ナジさんを独占いられた。すごい贅沢な時間だったなって」
「なら、ここでもそうすればいい。うちに越して来いよ。寝るときも起きるときも一緒にして、側で世話焼きもしろ。それがいい」
「なんですか、それ。言ってる意味わかってます?」
 そんなのまるで本物の恋人みたい。
「俺はずっとそのつもりなのに、意味がわかってないのはお前だろ」
「え……」
 口づけで唇を塞がれる。ナジの指がゼノの襟元を探り、シャツのボタンにかかる。よく知っている、これまで何度も通った流れだ。
「……するの?」
「したい。お前と」
 冷たく見える青の瞳に微かに熱がちらつく。真正面から見つめられて、誘われて、こんなの断れるわけない。しかし、ここはゼノ一人の寝室ではないのだ。
「ミッシュが。バロもまだいるかも」
「邪魔をするなと言ってあるから、適当に居間で寝るだろ。放っておけ」
「音でバレる……」
「お前が頑張って声を我慢すれば平気だ」
 本音を言えばゼノだってしたい。ゲオルトを出発してから数日、身体を繋げることをしていなかったから、肉体的な欲求が溜まっているのだ。一回だけなら、静かに早く終わらせればバレないかな。
「なんか、レレシーにいるときはあんまりしたことないから、変な気分……」
「お前が遠慮してうちに来たがらないせいだろ」
 喋っているうちにシャツのボタンは全て外し終わっていた。
 ナジはゼノを膝の上に乗せる。唇を触れあわせてから、首や胸元にもキスをする。そこを舐めて、と目で訴えると、熱い舌がぬるりと乳首を包んだ。もどかしいほど丁寧に乳輪を這い、小刻みに先を刺激し、時に吸い上げて。
「んっ……」
 掌で口を押さえる。声を出す癖が付いてしまっているから、堪えるのに苦労する。
 ナジは舐めるのを続けながら、ズボンの中に手を突っ込み、柔らかい性器を取り出して手で扱く。
「……ここは反応鈍いな。飲みすぎだ」
「まさかこの後するなんて思ってなくて」
「まあ、お前はこっちでもいけるから問題ないな」
 尻を撫でられ、ぞくぞくと肌が甘く震えた。ここに彼を受け入れて、繋がりたい。でも。
「……あ、あれ、ないんだった。ぬるぬるのやつ」
「ちゃんと持ってきてる」
 ナジがポケットから取り出したのは、丸くて平たい、掌サイズの容器。
「潤滑クリーム。ゲオルトで買った。持ち運びに便利でいいんだ」
「へえ、そんなものが」
 いつものオイルは重たくて、ボトルから中身が漏れることもあり、携帯には向かないのだ。
 ナジはゼノのズボンの穴から尻尾を抜き、下着ごと太股半ばまでずり下げる。残ったままでは煩わしいので、自分で脱いで床に落とし、ついでにシャツも取り去って、彼の膝に跨がり直した。
 クリームのたっぷり付いた指が、尻尾の下の割れ目を辿り、控えめに隠れた穴を探り当てる。表面に塗りつけて入り口をくるくるマッサージしてから、中へ沈み込む。指とはいえナジが自分の中にいるのだと思うとぞくぞくした。
「ここは寂しかったみたいだな。なかなか移動中はできなかったからなあ」
「だってそれまでほとんど毎日してたし……」
「うちに来たらまた毎日できる」
 軽くキスしたあと、ゼノの手首を掴んで自分の股ぐらに持っていく。
「俺のも触って」
「うん……」
 もちろん、触ったことは何度もあるのだけれど、毎回緊張する。ナジに身体を預けているため、手元がよく見えず動きづらい体勢ではあったが、教えられたとおりのやり方を出来るだけ再現しようとした。
 今日は下手だと言われないから、いいのかな。ちゃんと大きくなっているし。大きく——、ああ、いいな、この形。とびきり美味しそうで、素敵。
「ナジさん、もうこれほしい……」
「お前はほんと堪え性がないな」
「また『待て』するの?」
「今日はしない」
 ナジはゼノの尻を引き寄せ、それを擦りつけた。ゼノ自身のものにも当たり、自然と腰が動きそうになる。
「あっ……」
「早く中に入りたい」
「きて……」
「ほら、腰落とせ」
 穴に先端がぴったりくっつく。ナジの肩をつかみ、ゆっくり体重を下へ落とすと、窄まりが広がっていく。根元が収まるまで、彼は辛抱強く待っていた。
 ねだるまでもなく、またキスをくれる。
「今日はちゅーいっぱい」
「キスが好きか?」
「うん、好き……」
 ゼノから口づける。
「これは?」
 左右の尻たぶを合わせるようにして揉まれると、中の道がさらに狭まり、彼の形がはっきりと意識される。
「はぁっ……ん」
「さあ、お前が動くんだぞ」
 ゼノの腰を支えるナジの導きに合わせて動く。最初はぎこちなかったが、だんだん調和が取れてくる。
 汗ばんで湿ったゼノの髪に指をうずめ、ナジは短く問う。
「どうだ、これは好きか」
「好き……」
「もう一回」
「好き」
「もっと」
「好き、好き、好き……」
 好きという言葉がすとんと自分の内に落ちてきて、しっくり馴染む。ああ、そうか、好きなんだ。この人のことが。他の誰にも触らせたくないくらい、好き。
 お互いに相手がほしいのだと囁き合うようにキスをして。ねえ、最高に気持ちいい。
「……すごい。恋人エッチみたい」
「違うのか?」
「ん、わかんない……」
「違わないだろ」
 違わないって、恋人ってこと? そうだったらどんなに素敵だろう。好きな人と恋人なんて。
 腋に手を入れて持ち上げられ、いったん離れる。体位を変えたいのだとわかったから、自らベッドに仰向けになって寝そべると、ズボンもシャツも脱ぎ去ったナジが上に乗りかかってきて、またすぐ入れてもらえた。
 背に腕を回してぎゅっと抱きしめる。
 ——ねえ、ナジさんもなの。恋人だというなら、ナジさんも俺のこと、同じように……。
「ナジさん、ナジさん……」
「ん?」
「ナジさん、好き」
「ああ」
「好き……」
 ナジの動きがはやさを増して、奥の弱い部分を攻めたてる。ここがどこであるのかも忘れ、上りつめるのに夢中になった。
「すごいっ……、ねえ、もう、来る、すごいの」
「いいよ、いけよ」
「あ、はぁっ……あ」
 絶頂の波に攫われ、押し流されそうになるのを、ナジが抱きとめてくれていた。
「……もう少しだけ付き合え」
 まだ息も整わぬうち、うつ伏せにされ、今度は後ろから突かれる。達したはずなのにいつまでも気持ちいい。獣の耳を噛まれるのにすら感じてしまう。
 されるがまましばらく身を任せていると、抽挿がぴたりと止まり、腹の中に精が放たれる。出し終わるのを待っている間、知らず尻尾でナジの素肌をくすぐっていたようで、がぶりとかじりつかれた。耳よりこちらの方が少し痛い。血が出るほどの力ではないのでいいのだが。
 並んでゆったり横になるにはベッドが狭すぎるから、抱きあうようにしてひっついて寝転び、何度もキスをする。なんというか、満たされている。頬に添えられた手が優しくて、愛されているのだって、すんなり受け入れさせてもらえるくらい。
 初めて身体ではないところで繋がりあえたような——、でも、この優しい手は以前から知っている気がするのだ。
 うっとりと見つめ返すゼノの丸い頬を、ナジは手の甲で撫でる。
「……いつ越してくる?」
「……?」
「何のこと?とは言わせんぞ」
「ほんとにいいんですか?」
「駄目なら最初から言わない」

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