(2)文化祭

 されるがままになっていると、耳を舐めるように彼は囁く。
「……ちょっとだけ触っていい?」
「触る……?」
「君の素肌の感触を知りたい。触るだけだよ。君がいいっていう場所だけにする」
 腰に絡んだ手に力がこもる。眼差しに宿った熱が、利都にも伝染する。引き込まれる。
「くすぐったくないとこなら……」
「じゃあ背中は?」
「それなら、まあ、いいよ」
「ありがと。うつ伏せになろっか」
 腹を布団にくっつけて寝そべる。彼はその上に跨り、Tシャツをゆるゆると捲りあげていく。これからマッサージでも受けるみたいだ。
 ほう、と彼が漏らした感嘆の溜息。
「綺麗な肌。未踏の雪野原みたい」
「暗いのにそこまでわかるの?」
「夜目が利くんだ」
 ああ、それでか。肝試しに懐中電灯を持ってこなかったのも、暗い中階段を躊躇なく下っていったのも。
 背骨に沿って指が滑り下りる。なんでもない動きなのに、甘く痺れが走り、ぞくぞくした。
「あっ……」
「声まで可愛い」
「うー……」
 しっとりとした掌が、触れるか触れないかの力で肌を撫でる。撫でているだけ。それも、いやらしい場所じゃなくて背中。なぜこんなに、敏感な箇所に触れられているみたいに。
「なんか変……」
「触ってるだけだよ」
「でも……、ひゃっ」
 彼の手が思わぬところをかすめ、驚いてびくっとする。
「ごめんごめん。脇腹だった。脇腹はそりゃあくすぐったいよね。もっと上の方だったら大丈夫?」
 身体の側面の、肋骨のあたりを指が這いながら、執拗にゆっくりと上がっていく。それが前側に少し逸れ、ある場所を緩く引っ掻いた。
「あんっ……」
「どうしたの?」
「そこ、背中じゃない!」
「くすぐったくないとこならいいんでしょ? 利都はこんなとこもくすぐったいの?」
 布団と胸の間に手を差し込み、乳首をくりくりと弄る。これまで受けたことのない刺激に、腰をもぞもぞさせる。
「そんなのわかんな……」
「わかんないならもっとやってみないと。確かめてみようよ。肘つける?」
「何するの……?」
「触るだけ。さあ、早く」
 また耳元で。卑怯だ、従ってしまう。
 肘をつくと、布団と胸の間に隙間ができる。稔実は利都の肩口に顎を置き、背中に身体を添わせるようにべったりくっついてくる。体重をうまく逃しているのか、重くはない。
 両手が左右それぞれの乳首を探り当て、先を撫でたり摘んだり引っ掻いたり、色々な動きを試す。
「変、変だ、これ、変……」
「気持ちいい? どうされるのが一番好き?」
「わかんない……。ぞくぞくむにゃむにゃする」
「むにゃむにゃしちゃうの? 可愛い」
 やめてほしい、けど、やめてほしくない。乳首への刺激の他に、首筋へのキスが加わる。キスというか、べろべろ舐められている。甘い震えが身体に入った力を奪う。
「なに、なに……?」
「キスはいいんだよね」
「いい、いい? キスは……。やっあ……」
 声が裏返り、咄嗟に口を押さえる。
「気持ちいいなら声出して」
「下に聞こえる!」
「駄目なの? 付き合ってるってバレてるんだし、別によくない?」
「よくないぃ、よくないっ。わ、わあ」
 なら強引に出させる、と言わんばかりに、べろりと耳を舌が這う。ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ、脳に直接音が響くみたい。
「あっ……あっ……」
「利都、利都」
「稔実さ……、これ、絶対エッチなやつ……」
「やだ? やならやめる」
「や、じゃない……」
「じゃあしよ」
 耳へのキスを続けながら、胸以外も弄り始める。鳩尾、脇腹、腰骨を通って布越しに尻をひと撫で。
「お尻はくすぐったくないから、触っていいとこだよね」
 勝手な判断をした彼は、身体を起こし、ハーフパンツの裾から手を忍び込までてくる。そして、躊躇いなく下着の中へ。泊まるにあたってハーフパンツも下着も彼のものを借りたため、サイズが大きく、侵入は容易に行われた。
「わあ、え、え……?」
「つるつるすべすべー」
 無遠慮に尻たぶを揉む。これはもうくすぐったいかくすぐったくないかという問題ではない。「触るだけ」と言って尻まで揉むのは流石におかしくないか?
「ちょっと、え、どこまで……、どこまで?」
「さあ、どこまでがいい?」
 利都が拒否しないのをいいことに、下着の中を蠢く手。だんだん前に回ってくる。
「そこは……」
 触られると困るのに、無意識に腰が浮いて彼の手を通してしまう。
「そこってどこ? すっかり硬くなってるこれ?」
 質量を増し窮屈そうにしている性器をつつかれる。
「うぅ……。恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ。俺もだもん」
 ハーフパンツから手を抜いて、尻に腰を押し付けてくる。彼のも硬くて、ずっしりと重みさえ感じるような。
「めっちゃ元気……」
「えへへー。今日はいきなり最後までしたりしないからさ。擦りっこしよっか」
 擦りっこ。擦る。今当たっているこれを?
「すごくエッチなやつだ……」
「したことあるの?」
「ないよ! ないけど、想像したらすっごくエッチ」
「やだ?」
「やじゃないから困る」
「しようしよう。やりやすいように全部脱いじゃお」
 稔実は脱ぎっぷりよく、ぱぱっと全裸になってしまう。他人に晒しても恥ずかしくない身体だから、照れがないのも当然と言えば当然かもしれない。全身の造形が整っているなんて、本当にずるい。
 意を決して利都も脱ぐ。ここまで来たら、もう少し先も見てみたい。
 促されるまま、膝立ちになって彼と向かい合う。
「もっとこっち」
 利都の恥じらいを吹き飛ばそうとするように、彼の腕が一気に腰を引き寄せ、数センチの距離がゼロになる。
 間近で顔を見るのが恥ずかしい。かと言って視線を下げると、どうしてもお互いのあれが目に入る。
「おっきい……、てらてら……」
「利都の毛、ふわふわでくすぐったい」
「言わないでー」
「触ってみる?」
「……うん」
 こわごわ真ん中あたりをそっと握る。
「わ、ビクッとした!」
 さっと手を離す。
「そりゃ反応もするよ。こうやって……、重ねて、一緒に握る」
 裏筋同士をあわせるように、興奮状態のものがぴたりとくっつく。
 ——熱い……。
「ここまではいける? やじゃない?」
「……うん」
「利都も持てる? 怖い?」
「ちょっと」
「じゃあ、俺が動かすよ。いい?」
「お任せします……」
 初めはゆっくり上下するだけ。徐々に早くなる。射精口から先走りが垂れ、彼の指に絡みつく光景は、言い様もなく卑猥で、視覚的に興奮を煽られる。
 先端部を擦り合わせるよう動かされると、ものの数秒で音を上げてしまう。
「あっ……、だめ、すぐいっちゃう……っ」
「いいよ」
「としざねさ……っ、きもちいい」
「うん、俺も、利都」
 どちらからともなく唇をあわせる。自ら口を開け舌で彼を誘った。
 達することしか考えられず、夢中で彼の与える感覚を追う。
 ——もう限界……。
 迫り上がってくるものを解放する。勢いよく精が飛び、互いの肌を汚した。
 ようやく吐精が終わると、ぐったり彼の肩により掛かる。
「ごめん、俺だけ……」
「ううん。気持ちよかったんだもんね?」
「俺も稔実さんのする」
「いいの?」
「うん」
「なら一緒に握って」
 どちらのものかよくわからない先走りで濡れたそれを柔らかく握る。その上から彼の手が重なった。力加減を調節しながら、彼に合わせて動かす。
 荒くなっていく息遣いも、半端に開いた唇も、酔ったような艶っぽい目つきも。彼も気持ちいいのだということがこんなにも嬉しい。
「利都、もういくから……」
「うん。見せて」
「……見るの?」
「見たい。俺も見たい」
 さっき利都のを見たのだから、稔実も見せてくれないと不公平だ。
 枕元のティッシュを取るべきかどうか迷っているようなので、ふと悪戯心が湧き、先端の口を指先でぐりぐりと弄る。すると、さすがに堪えきれなかったのか、精が放たれる。
 他人が達するところ見るのは初めてで、ついしげしげと観察してしまう。
「わあ、いっぱいだ……。出てる。すごい」
「こら、さすがに恥ずかしい……」
 キスで視線を逸らされた。
 いいじゃないか。お互い様だ。同じだけ恥ずかしくて、同じだけ気持ちいい。それが恋人と性的な関係を持つということなのかも。なんだか大人の階段を一段上った気分だ。
「今度こそティッシュ」
 二、三枚取って渡してくれたので、手や腹にかかったものをざっと拭き取る。だが、これでは完全に取り切れないし、汗もかいている。
「ベタベタする……」
「タオル濡らして持ってくるよ」
「俺も洗面所行くよ。そっちのが早い」
「怠くない?」
「それは稔実さんもでしょ。早くして、早く寝よ。今ならいい気分で眠れそう」
「ほら、俺の言うとおりになった」
 鼻をつんつんつつかれる。
「……バカ」
 子供っぽいと思ったら大人なところもあって、でもやっぱり子供なこの人のことが、多分とても好き。自分でも流されすぎかなと思うが、強烈な光を放って利都の心に焼き付いてしまったのだ。

 翌朝、稔実の部屋で目を覚ます。一つの布団で眠っていたはずの彼はいない。先に起き出したのだろう。
 壁掛け時計の指し示す時刻は八時十分。いつもなら休日は十時過ぎまでベッドの中だが、彼の祖父母がいつ出張から帰ってくるかもわからない。起きて身支度を整えておくべきだ。
 部屋を出て、軋む階段を降りて一階へ。稔実はどこだろう。居間を確認すると、羽島も千田もまだ寝ているようで、稔実はいない。では洗面所か台所か。
 友人たちを起こさないよう忍び足で歩いていると、台所の暖簾の向こう側から、微かな話し声が聞こえてきた。聞き覚えのない若い女のもの。
 ——え……?
 その場で立ち止まる。
「あんたも頑張るわね。朝っぱらから料理なんて。毎日やってんでしょ? 信じられない」
「慣れれば平気」
 稔実の声もする。客でも来ているのだろうか。休日のこんな時間に?

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