(4)嬉し愛し(うれしかなし)

「許す許さないじゃなくて、制裁とか復讐とか、そういうこと考えると、心が重くなるだろ。せっかく前を向く気になってるのに、そういうの嫌だ」
「そういう考え方ができるとこ、すごくいいと思うよ」
「そうか?」
「僕らはちゃんとお互い心の準備が出来てから番になろうね」
「……うん」
 番になること自体は決定事項なのか? 頷いてしまったが。多分いいのだろう、これで。こんな風に寄り添いたいと思うのは彼だけだったし、この先もそうだろうから。
 彼の腕が緩く腰の辺りに絡み、足の指が伊月の足の甲をかく。
「まだ眠くないね。寝られるようになることする?」
「絵本でも読み聞かせでも?」
「身体動かすのが一番」
 ガバッと身を起こすと、伊月の上に乗りかかってくる。足は遅いらしいが、こういうときはものすごく素早い。
「いつきー」
 重なる唇。口内に舌を招き入れると、ゆったりと味わうように動く。それに応えるのにも慣れてきた。
 他人の唾液など汚いだけだと思っていたが、彼に関しては平気だ。むしろもっと身体の中に入れたいとさえ思う。唾液だけではなく、汗も精液も、全部。
 キスを始まりの合図として、陽介の匂いも、彼の感じる伊月の匂いも、濃く甘くなっていく。
「んっ……」
 口づけを続けながら、彼の親指と中指がきゅっと乳首をつまむ。そのまま触れるか触れないかくらいの加減の、ごく軽い力で、人差し指が先を撫でる。身体の奥に眠るどろどろした沼地の底から「気持ちいい」がじわじわと湧き上がってくるようで、彼のシャツを握り、身を捩った。
 そのとき足が彼の股ぐらに触れたようだ。驚いて唇が離れたのが面白くて、今度はわざと太股で撫でさする。
「舐めたい……」
「僕も。舐めっこしよ」
「うん」
「脱いで」
 まだ薄着の季節であるため、裸になるのはすぐだ。
 上下入れ替わり、伊月が上に乗って陽介の顔の上に尻が来る体勢になる。かなり恥ずかしいが、それは最初だけ。行為に熱中していると、いつも羞恥などどうでもよくなる。
 半勃ちになったものを優しく掴んで、尖らせた唇で全体にキスを落とし、側面を唇で挟んで滑らせる。次に先端を口に含んでぺろぺろと舐めて濡らす。いつもこういう感じで始めているが、他に情報源がないので陽介の真似をしているだけだ。
 彼はまだ触れてこようとはしない。
「ろっきゅーいいんだけどさ。美味しそうにしてる伊月の顔が見られないのが惜しいよね。前に鏡でも置いてみる?」
「……俺、ずっと下向いてるから、顔映らなくね?」
「ときどき鏡見てサービスしてよ」
「やだよ。自分と目が合うの」
「案外興奮するかも」
「ねえよ。……てか、集中させろ」
「はいはい。名案だと思ったんだけどなー。ねえ、お尻もうちょいこっちにお願い」
 顔と尻を衝突させるのは申し訳ないので、じりじりと数センチ腰を落とす。
 彼は尻たぶを手で包み込むと、丸く揉んだり、口づけたりしている。後ろを窺うと、幸せそうに頬ずりまでしていた。
「大自然が育んだもち肌……」
「おい、舐めっこじゃなかったのかよ。てか大自然ってほど田舎じゃねえわ」
「喋ってないでさあ。集中するんじゃないの?」
「……ときどきすごいムカつく。殴ってやりたい」
「僕にはそういう癖はないんで、普通にDVでーす」
「余裕ぶっこいてろよ、バカ。先にいかせてやる」
 竿を手で大きく扱きながら、段差の部分にぐるりと舌を這わせる。こうされるのが、伊月はとても好きなのだが、彼も同じようで、ぴくりと反応があった。少し気を良くして、角度に気を付けながら口内に迎え入れる。全部はとても収まりきらないので、入る分だけだ。
「いいね……。上手だね」
 そう言いながら、まだ大分余裕を感じるのにも腹が立つ。
 お返しね、と言って、彼は両手で尻たぶが開き、露わになった穴をぺろりと舐める。不意打ちでびくんと身体が跳ねた。伊月が口に含んでいるというのに、噛まれたらどうしようとか考えないのだろうか、この男は。
 ぬめった舌が穴の中へ侵入してくる。
「んっ……」
 ずるい。舐めっこと言ったのに。いや、舐めてはいるか。想定とは別の場所だが。
 内側で舌が動き回り、出入りし、ときに吸われ、同時に勃ち上がったものを手で扱かれる。経験で勝てるはずもなく、ぐずぐずになって息が上がってくるのに時間はかからなかった。彼のものを握ったまま、口も手も止まってしまう。
「最初の勢いどこかなー。がんばれ」
 彼は口を離し、軽く尻を叩く。痛くない割には綺麗な音が鳴った。
 舌の次は指が中を探る。すでにたっぷりの愛液で潤っているので、抵抗なく潜り込んでいく。
「腰揺れてる。伊月は欲しがりさんで可愛いね」
「そこじゃなくてぇ……」
「どこ?」
「わかってるくせに……。意地悪するな」
「ちゃんと言ってくれないとわかんないなあ。そんな締めたって駄目だよー」
「女の子のとこ……」
「ん?」
「……女の子のとこ撫でて」
「よく言えました」
 指でも届く位置にある、子宮に続く道への入り口。その周辺を撫で擦られると、途端に身体の力が抜ける。全身に張り巡らされた糸が緩み、制御できなくなって、まともな思考が遠ざかる。「気持ちいい」しか追いかけられなくなってしまう。
 指の動きに合わせて切れ切れに鳴く。
「……やあっ、あ……ん」
「僕のはすっかりほったらかし……。まあ、伊月のエッチな匂いがだだ漏れだから、それだけで元気になっちゃうけどね」
 舐めたいと言い出したのは伊月の方だ。もう一度咥えようとするも、やはり難しく、与えられるものを受け止めるのに精一杯だ。
「あっ……、もうだめ」
「早すぎ」
「だめ、だめ、いく……」
「仕方ないなあ。いいよ」
「……はぁっ……、あ」
 いつもこうだ。ここを攻められるとすぐに達してしまう。背を反らせ、飛ばしたものが陽介の腹を汚した。
「こっち向いて、舐めて綺麗にして」
 まだ息は上がっているが、言われたとおり動く。彼の方に身体を向けて両足の間に入ると、彼の腹に手をつき、白いどろりとした液体の飛んだ箇所を、丁寧に舐め取っていく。
「ん、いい子」
 こうして誉めて髪を撫でてもらうのが、伊月はとても好きだ。何だって言うとおりにしたくなる。
「もういいよ。伊月、おいで」
 呼ばれたのもいちいち嬉しくて、彼の身体の上を這い上がると、肌と肌をぴったりと沿わせ、肩口に顔を乗せた。源泉の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、射精して落ち着いた熱がまた高まっていく。
 くるりと位置を入れ替え、今度はまた伊月が下になる。こちらを見下ろす彼の目に欲の影がちらついているのがわかり、早くほしいと淫らな穴はさらに蜜を生む。
 両足を抱え上げられ、濡れてひくついた穴に先端があてがわれる。スムーズに受け入れられる体勢を取ったが、すぐには来ず、穴の上でゆるゆると往復し始めた。硬いものに擦られて、そこはさらに熱を持ち、じゅくじゅくに熟れる。
「そういうのいいから……」
 来るなら早く来てほしい。涙目で訴えると、陽介はごめんごめんと言って、枕元のスキンを取った。
「これだけでも、生だと危なかったか」
 さっとスキンを装着すると、穴に先端を添える。そしてぐりぐりと表面だけを引っかくようにし——。
「もう! いい加減にして!」
「ごめんってば。いちいち反応が可愛いからさあ。お口ぱくぱくして涎垂らして、はしたなくていいね」
「はやく、はやく」
「はいはい。お邪魔しますね」
 ぬるりと中に入ってくる。よく濡れているし慣らされているので、痛みはない。ゆっくりとゆっくりと、道をいっぱいに広げながら、「女の子の場所」を通り過ぎてさらに奥へと進む。
「ほんとに上手。あったかくてうねうねしててきゅって締まって……」
「……うん」
「自分でおっぱいも触ってみな。気持ちいいよ」
 始まった出し入れの動きに気を取られつつも、両方の乳首をつまみ、先ほど彼がしてくれたようにごく軽い力で先っぽを撫で回す。
「いいね、エッチ」
 あとはこのまま溺れるだけ。もう何も考えたくない——、のだが、陽介はうるさいことを言い出した。
「ねえ、伊月、お願いがあるんだけどな」
「……なに?」
「名前、呼んで。僕の名前。一回も言ったことないんだよ。いつもあんたってばっかり」
 今じゃなくてもいいだろう。喘ぎ以外の声を出すのは億劫だ。聞こえない振りをしたが、彼はしつこい。
「呼んで」
「……」
「よ、ん、で」
「……堂島せんぱーい」
「違うよね?」
「ロール」
「ふざけないでよ。動くのやめちゃうから」
「……陽介?」
「はーい」
「陽介、気持ちいい……」
「うん、僕もだよ、伊月。気持ちいいね」
 耳元で囁くものだから、直接声と吐息が流れ込んできて、腹の底に響いた。
 あれだけのことで彼はひどく満足げだったから、これからは時々名前で呼んであげてもいい。気恥ずかしさはなかなか消えないので、時々だ。
 それからはお喋りはなくなり、ただ夢中で、だんだんと早くなる動きについていった。ぼんやりとする視界の中で、彼の表情や息遣いから余裕が消えていく過程を見るのが好きだ。自分が彼にとって欲の対象で、求められているということ実感できるから。それに興奮して、伊月自身もまたさらに昂ぶってしまうのだ。
 奥を突かれ、たまらず彼の腕に爪を立てる。
「もう限界……。またくる。もっとすごいの……」
「いいよ。僕もだから……、いっしょに」
 いっそう強くしがみつく。二、三度腰が打ち付けられたあと、溜め込んでいた快感が溢れ出し、大きな波にさらわれる。中が痙攣したことで、少し遅れて陽介もどくどくと脈打ち、精を吐き出したのがわかった。
 彼の重みを受け止め、抱きしめる。汗ばんだ肌と肌がくっついて、高い体温で溶け合っていきそうだ。乱れた息を整えながら、しばらくぼうっと宙を見つめる。
 唇にキスされて、彼に焦点を合わせた。
「ごめん。お尻舐めたから避けてたんだけど、口にしちゃった」
「……あとでもう一回歯磨きしよう」
「そだね」
 一度も二度も同じことと、再度口づけを交わす。キスしたい、たくさんしたい。
「伊月、大好き」
「うん、俺も……」
 視線が続きを促している。気が抜けてふにゃふにゃになっていたためか、素直にするりと口から出た。
「……好き」
「大好きじゃなくて?」
「大好き。いっぱい好き。好き、好き……」
「……伊月?」
 彼の指が伊月の目元を拭う。どうやら自分は今泣いているらしい。彼の顔がよく見えない。
「どうしたの?」
「だって、嬉しくて……。半端なオメガ混じりなんだってわかって、これからの人生、死にたくなるくらいつらいんだって思ってたのに、こんなふうに抱いてくれる人がいて、好きだって言ってくれて、親に挨拶してくれるくらい真剣で、ほんとにこんな恵まれてていいの? 明日あたり死にそう」
「死なないよ。僕と伊月はおじいちゃんになるまで一緒」
「またプロポーズだ。もう胸が痛い」
「プレッシャーで?」
「幸せすぎて。やだ。苦しい」

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